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もう今は無き国の、五輪の記憶を求めて~サラエボ・オリンピック博物館~ - 2011.02.09 Wed

IMG_5542.jpg

博物館展示スペース・右サイド

olimpijski muzej3

<写真左>
サラエボ五輪に出場したアスリート達の似顔絵。多分アルペンスキーの選手達
イラスト左下は開会式で選手宣誓を務めたユーゴスラビア(当時)代表のボヤン・クリジャイ(Bojan Križaj)選手。

<写真右上>オリンピックのモットーである「Citius、Altius、Fortius (より速く、より高く、より強く)」

<写真右下>オリンピック旗前のTVでDVD(もしくは)ビデオ上映中

2年近く前の記憶なのであやふやですが(汗)、確か「博物館のテーマはアートとスポーツの融合」というような事を話していたと思います(確かローザンヌのオリンピック博物館もそんな感じでしたよね?)
そういったこともあって五輪関連のイラストやポスターも多く展示されていますが、ちなみにサラエボオリンピックのポスターはあのポップアートの旗手アンディ・ウォホールが手がけています。
確かこちらの作品も館内に展示してあったと記憶していますが、ネット上でも以下のサイトで観る事ができます。

http://www.ocn.ne.jp/special/tokushu/040806/woholl.html
(「OCNスペシャル-なるほどエンタテインメント[特集]見ればわかる、オリンピック・カルチャー」サイト内)

olimpijski muzej4

展示品の一部を紹介・その①
各種メダル及びオリンピック10周年に当たる内戦中に製作されたポスター。左側のメダルには旧・博物館が戦災被害を受けた際に被災したような跡が見受けられる。

olimpijski muzej5

展示品の一部を紹介・その②
各競技をデザインしたカード及びオリンピック・グッズのコレクション
グッズはとりあえず集めてそのまま陳列ケースにポンと入れたような印象。もう少し来場者に「魅せる」工夫が欲しい。それから、ゆかりの品々なのは一目瞭然だけど、もう少し当時の説明などが欲しいところ。(勿論、現地語だけでなく外国語でも!)

<場所>
Alipašina bb, Zetra(ゼトラホール内)

<開館時間>
月ー金 9:00 - 15:00(週末は休館)

※博物館に関する記述は複数のサイトや現地で集めた情報を元にしておりますが、変更等に関しては責任を負わないものとします。

下のサイトには博物館の歴史に関する情報が記載されていて、旧・博物館(外観のみ)の写真も見る事ができます。(英文)


http://www.visitsarajevo.ba/sightseeing/arts-culture/museums/olympics-museum/



● COMMENT ●

サラエボオリンピック、既に27年前の出来事なんですね。
mic'oさんは殆ど覚えていらっしゃらないんじゃないかしら?
私はサラエボオリンピック出場予定の知り合いが怪我で出場できなくなったので、よく覚えています。
ポスター、アンディ・ウォーホールだったんですね。
サラエボを訪れた際、オリンピック会場跡の見学にも行きたかったのですが、時間がなくて断念。
平和の祭典の競技場が墓地に変わってしまったのですよね。
平和の祭典の記念館を訪れた後、白い墓石が並ぶ競技場跡を見たら、如何に平和が有り難く、同時に脆いものであるかを身を以て感じることになりそうですね。

>タヌ子さん

オリンピックの頃はまだ年齢が1桁台だったので、天才スケーター・伊藤みどりが出場を逃した事(彼女もまだ13歳位でしたよね?)、スピードスケートの黒澤選手がメダルを逃した事、そしてマスコットが狼のブチュコだった(幼少の頃は五輪マスコットにはまってたんですw)、という事位しか記憶してませんね~。
逆にこちらに来てから、当時の五輪に関する情報を増やしていった感じですね。

それにしても、タヌ子さんの周辺にはオリンピック出場予定の方がいらしたんですね!!
もしかしたらその方がタヌ子さんより先に旧ユーゴの地を踏んでらしたのかもしれないのですね。
ちなみに、その後の五輪には出場されたのでしょうか?

内戦中埋葬地の不足により止む終えず墓地と化したのは、メインスタジアムではなく、サブグラウンドなのですが(当時はメインの方と報道されてましたよね?)、それでもおびただしい数の墓地には圧倒されます。
墓地は丁度ゼトラホールの裏手なので、再生したゼトラと還る事ない人々の墓標が、内戦と復興のコントラストを成している感じです。

彼は本当に運のない人で、次のオリンピックも怪我で出場できませんでした。
そしてその後隠退。
常に全日本の選手に選ばれながら、一度もオリンピックに出場したことがないってあまりにも気の毒。
でも、旧ユーゴには遠征試合で行ったことがありますが、2度と行きたくないと言ってました(笑)
今のクロアチアやボスニアを訪れたら、どんな感想を持つのでしょうね?

>タヌ子さん

有り余る実力があっても、ここぞ!という時に運に見放されてしまう方っていますよね。
運命ってなかなか上手く回ってこないものだな、と思います。


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プロフィール

Mic'o(みーちょ)

Author:Mic'o(みーちょ)
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1999年からボスニア・ヘルツェゴビナ北部の小都市・デルベンタに在住。現在は主婦時々お仕事の生活。
これまでに関わったお仕事は、各種通訳及び翻訳(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)、取材コーディネーター、ボスニア関連コラム(サッカー、生活事情)執筆、ラジオ出演など。
詳しい経歴はこちら⇒http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htmhttp://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htm)


2015年からボスニア北部の伝統刺繍(ズミヤニェ刺繍、イミリャニ刺繍)に取り組んでおり、ボスニア国内や日本でこれらの刺繍を紹介するイベントを開催してきました。また、これまで制作してきた刺繍作品を紹介するブログを更新しております。
「ボスニアで手に色(しょく)生活」
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ボスニア北部の伝統刺繍作品

画像をクリックするとアルバムが閲覧できます。(今後随時作品を掲載していきます)

なお、画像の無断転載を固くお断りします。

2017年ボスニアの主な移動祝日

年によって日付が変動する各宗教の移動祝日。2017年は以下の通りです。

4月16日 イースター
(ローマカトリック、セルビア正教)

6月26日 ラマザン・バイラム初日
(イスラム教)

9月2日 クルバン・バイラム初日
(イスラム教)

旧ユーゴの為替レート(対日本円)

Bloomberg.co.jpの為替レートを基にしています。

(2017年1月15日現在)※実際の両替レートとは若干差があります

<ボスニア>1コンヴェルティビルナ・マルカ= 62.16 円

<クロアチア>1ク-ナ= 16.15円

<セルビア>1ディナール= 0.98 円

<マケドニア>1ディナール=1.97 円

<スロベニア、コソボ及びモンテネグロ※>1ユーロ = 121.32円

※モンテネグロ及びコソボは欧州連合に加盟していないものの、通貨としてユーロを導入中

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