topimage

2010-01

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凍える17時を過ぎても・・ - 2010.01.30 Sat

毎度寒い話で申し訳ありませんが、まだまだ氷点下生活が続いているボスニア北部です。

お隣の家では水道管が通っている外に面している地下室のドアをウッカリ開けっ放しにしておいたところ、夜の間に水道管が凍結してしまい、地下室に暖房器具を持ち込み一日掛かりで水道を復旧させたのだとか。
水といえば、我が家の番犬・リキ用の飲料水もカチンコチンに凍っている為、気が付くたびにお湯で溶かすのですが、それ程時間が経たない内に再び凍り付いている有様(一体リキは何を飲んで喉の渇きを癒しているのか・・)
まだマイナス20℃の域には達していないものの、この寒さは単に「寒い」、というより、「しばれるねぇ~」と言葉にした方がしっくりきます。

とはいえ、そんな中でも息子は連日友達と一緒に外に飛び出していくわけなんですが、寒さに比例するかのようにここ数日の帰宅時間が遅いのです。
先日、ふと気が付いて時計を見たらもう良い子が帰宅する時間である17時を回っているのですが、息子はまだ外遊びに夢中。防寒しててもかなり寒い位に気温も下がっているわけですが、何せ鬼ごっこやらそり遊びやらでそこらを走り回っている為か、雪の残る庭でボーっと突っ立っている私よりは遥かに体も温まっているというわけなんですね。
「ただいま~」の声と共に姿を現した息子のホッペはまさに

おてもやん(色白なので余計にホッペの赤が引き立つ)

小学生の時に読んだ某サッカー漫画のキャラクター(北海道出身)に「マイナス15度の中でも燃えていた」とかいうキャッチフレーズがついているのを見て、「そんな極寒の中でサッカーなんかやってたらボールもゴールに届く前に凍り付いちゃうんじゃないの??」と思っていたものですが、こんな寒空の中走り回っていても今のところ咳1つしない息子を見ていると

案外、マイナス15℃の中でのサッカーもいけるんじゃない?

と思った次第です。
(ちなみに息子が通うサッカースクールは体育館の予約が取れず室内練習が出来無い為、現在お休み中です)

とまあ、寒さは相変わらずですが、昨年末には16:00頃から夜の帳が折り始めていたのが、最近は17:00近くでもほんのり薄暗いという具合に、日の入りの時間が徐々に伸びてきています。
ノルウェーのお天気サイトYR.NOによると、今日の日の入り時刻は16:51でした。
こんなところでもまだかすか響きではあるものの、春の確かな足音が聞こえてくるような気がします。



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ブチュコの上にも雪は降るなり~スノードームの中のサラエボ~ - 2010.01.27 Wed

ここ最近気温がマイナス一桁から二桁の間で推移しておりますが、今朝夢から覚めると

そこは 雪国だった(-0-;)

踏みしめるとギシッ、ギシッと鳴るパウダースノウが辺り一面に降り積もっており、雪自体は昼過ぎまで降り続いておりました。

今日はセルビア正教で学校の聖人として祭られている聖サヴァの日に当たり、息子の学校は希望者だけイベント参加という事で息子を含む不参加の子はお休み。(でもオットが勤務する高校では通常通りの授業)
普段から氷点下の中でも外で遊びまわる息子と友人の事なので、今日は昼過ぎから日暮れ時まで遊び三昧なんだろうと思いきや、全く誰からもお呼びが掛からず拍子抜け。でも、きっと明日の下校時、そしてお昼を挟んで夕方までは雪で衣服がべチョべチョになるまで雪遊びに興じる事と思われます。

今年はなんだか昨年より雪が多いような気がしていましたが、昨年の丁度今頃にアップした記事を読み返してみると、川も凍りつく寒さで新学期の開始が一週間遅れたんでした。

当時のブログ記事
http://bhkakeramico.blog57.fc2.com/blog-entry-204.html

ところで、雪は窓の外だけでなくこんなところにも舞い降りています。

銅(銀)製品やハンドクラフトが大半を占めていたサラエボ土産の中に近年現れたスノードーム。
セビリ(旧市街地の水のみ場)など市内の名所をモチーフにしたものなどもありますが、私が持っているのは84年サラエボ冬季オリンピックのマスコット・狼のブチュコが入ったものです。
vuckosnowdome2

サラエボオリンピックから26年。サラエボのマスコットはまだまだ現役
ちょっと分かりにくいですが、土台の部分にはサラエボオリンピックのシンボルマークも


vuckosnowdome


雪のつぶが大きすぎる為か、本体を振っても雪が美しく舞い降りるというよりはボタ雪といった感じなのが残念かな。
ついでに、折角ブチュコがスキーを手にしているのだから、ドームを揺らした際にスキーをしているブチュコの体が前後に揺れるような細工にしてくれたら完璧だったかも。
頑張れば手作りもできるようなので、いつか自分好みのブチュコinスノードームを作ってみようかな、と思ったり。

サラエボをモチーフにしたスノードームは旧市街のお土産屋さんなどに並んでいますが、持ち帰るにあたっては発泡スチロールの箱の中に入れてくれるので割れる心配なし。価格は8KM(現在のレートで約500円)位かな。


今回の記事を書くにあたりスノーボールについて検索したところ、世界のスノーボールを紹介されているブログにて隣国・クロアチア各地のご当地スノーボールを発見しました。
スプリット、ドゥブロブニク、ザグレブがありましたが、ザグレブ以外の都市は余り雪と縁がなさそうなものの、それぞれの土地の名所に雪が舞い降りる様子はやはり美しいですね☆

クロアチアのスノーボールを紹介しているerikoさんのブログ
http://yaplog.jp/love-snowdome/archive/494

3ヶ月ぶりに登校 - 2010.01.25 Mon

タイトル通り、我が家の息子は約3ヶ月振りに登校しました

朝7:30に

しょっぱなから変な倒置法でよく分からない文章ですが(汗)、昨年末から約1ヶ月続いた冬休みも昨日で終わり今日から久々に登校した息子。しかも、休み前の2ヶ月は午後登校だったので、朝に登校するのは実に3ヶ月振りなのです。
午前登校の際には8:00amに授業開始なので(高学年になると7:15am始業なんだとか!>汗)、ちょっと余裕を持って7:30am前後に家を出発する息子。
しかし、午後登校の時期から宵っ張り&遅起きの生活を続けていた上に、「え~、僕まだ休みたいな~」とボヤいている息子が早朝6時に起床する事は、果たしてミッション・ポッシブルなのか?

朝型の生活習慣に戻す為、休暇終了の1週間程前から「もう今から早起きの習慣付けておかないと、学校始まってから早起きできないよ~」と繰り返し言い聞かせていたのも聞き流し、「学校始まったら6時に起きるから~」と余裕を見せる息子。
さすがに始業式前日は通常より2時間程前に就寝しましたが、3ヶ月続いた生活習慣はそうそう簡単に切り替えられないんじゃない?と思っていたら、案の定朝から目覚めを促す一言が家中に響き渡りましたよ。

「時間だよ~!早く起きてよ~!!」

但し、目覚めの一喝を入れたのは息子で、入れられたのは私でしたが・・(え?!)
まだ暖房が効いていない部屋は寒い為にさすがに布団から出てくるには少々時間が掛かりましたが、私から「早くしなさいよ~」と喝が入ったのは一度きりで、朝からチャキチャキっと行動して、ちゃんと予定時間には家を出発。
寒さにも朝にも弱い(低血圧なんです・・)母と比べたら何倍も頼もしい息子の姿に、つくづく

「ああ、目覚めに関しては私に似なくて良かった~」

と心から思いました(笑)

登校初日は気温こそ氷点下なものの久々に久々に太陽も顔を出していいお天気。
きっと帰宅後は眠気に襲われつつもお友達と一緒に遊びに飛び出していくことでしょう。



買出し その傾向と対策 - 2010.01.17 Sun

突然ですが、ショッピングが苦手なパートナーを持つと人生の楽しみが半減すると思うのは私だけでしょうか?
半減は大げさだとして(汗)、買うか買わないかは別にしても一緒にゆっくりお店を巡りながら「お金が貯まったらあれを買おうか」とか「あの洋服素敵だよね?」とか品定めするのは楽しいんだけどな~。
そんな楽しみをシェアできない相手をショッピングに連れ出すのは至難の業ですが、先日久々に、何故かショッピング時に限って出不精なオットを連れ出す事に成功しました。その成功の秘密はというと

ラーメン

餃子に続き、ラーメンもオットの大好物なのです。

以前の記事(「進化し続ける(?)ボスニアラーメン事情」)にてようやくボスニアでもラーメンが入手できるようになった話を紹介しましたが、知人夫婦から「プルニャーボル(Prnjavor 我が家から西に30Km程の隣町)でラーメン見つけたよ~」との情報を入手。
彼らがラーメンを発見したのはボスニア国内で14店舗展開しているスロベニアのスーパーTuš(トゥシュ)で、確かに前回サラエボで立ち寄った支店でもラーメン扱ってました!
というわけで、先日遊びに来てくれたオットの友人が我が家を来訪する前にドボイ(前述のプルニャーボルとは反対方向の隣町)のTušに立ち寄るというので、ついでに幾つかラーメンを買ってきてくれるようお願いしたのですが、「教えてもらった名前の商品をスープ売り場で探してみたけどなかったわよ~」と言われガックリ orz

ちなみにラーメン発見報告があったプルニャーボルは人口45,000人、そしてドボイは80,000人(人口は市中心だけでなく周辺地域を含めての数)とほぼ2倍の違いがあり街の規模も全く異なります。
普通小さい都市にあるものはそれより大きい都市の店頭に並んでいるのが当たり前な気もするのですが、プルニャーボルでラーメンを購入した知人が納得いく答えをくれました。

プルニャーボルは確かにドボイと比較して街の規模は小さいけれど、内戦前からかなり多くの住民がドイツなど国外に出て働いていた。だから、ラーメンといったボスニアでは馴染みが薄い食べ物も外国生活に慣れた人達には受けが良いのではないか、と。

そっか!幾ら街の人口は多くても認知度が低かったり受け入れられなかったりしたらそりゃ店頭に上らないわな~。
あくまで上記の知人の意見は仮定の話ですが、慣れ親しんだ人が多ければ市場も拡大するという意味では大いに納得です。

そして先日、満を持して(?)私達家族とプルニャーボルのラーメン情報を提供してくれた知人の4人でTušプルニャーボル支店に乗り込む事と相成ったのですが、この後に及んでオットが一言

「プルニャーボルじゃなく、ボサンスキ・ブロードにもTušあるけど?(ボサンスキ・ブロード=我が家から北に30km程の国境の街)」


・・・・同じチェーン店でもドボイのように目当ての品を扱っていない場合もあるって分かっているわけだし、普通欲しいものがどこで入手できるのか明確ならば、冒険せず確実に手に入る方に行くのが賢明だと思いますけど(汗)
しかも、ボサンスキ・ブロードに売ってなかったからやっぱりプルニャーボルに行こうって気軽に言える距離じゃないですし。(全く反対方向だし)
ボサンスキ・ブロード方面に行くのならいっその事国境を越えてクロアチアのスラボンスキ・ブロードまで足を伸ばしたいです。
(※日本国籍である私は国境渡るのにパスポートが必要ですが、ボスニア国民及びクロアチア国民はIDカードの提示のみで国境を行き来するすることが出来ます)

結局、確実なところでプルニャーボルの店舗に向かう事になった私達ラーメン捜索隊の一行ですが、思ったよりこじんまりとした店内の一角でお目当てのラーメン発見!
本来2種類あるカップラーメンは1種類しかありませんでしたが(しかも私が気に入ってた方が品切れ・・>涙)、袋入りの方は数種類の品揃えがあり、以前試した時の感想と同行した知人のアドバイスにより購入する種類を選択。
一番美味しそうだとおもった種類のものは私達が去った後に棚が空になっていました(笑)
結局ベジタブル(だったかな?)以外の全種類を一通り購入したのですが、ベジタブルはよっぽど在庫が余ってしまったのかおコメなど他の商品と抱き合わせで売られていたのが目に付きました。
でも、いくらオマケといっても余り味がイケてないものを一緒に持たされても迷惑だと思うんですが・・・

計画外なところでは家に在庫があるとちょっと小腹がすいた時に助かるカップスープ、そして冷凍の中華野菜ミックスなども購入しましたが、それにしてもレジで支払いをする際に謎の東洋人女性のカゴから次々に出てくるラーメンの数にレジのおばさんもさぞかし面食らった事と思われます。(そして私達が去った後空っぽになっていたラーメンの棚を見て更に驚愕したと思われ・・)

ラーメンは勿論日本メーカーのものではなくインドネシアの「Indo Mie」社製造のもので、結構有名なメーカみたいですね。日本でもインドネシア食材などを扱っているサイトで販売していると知って更に驚き!
http://www.indomie.com/product.aspx?id=9

試した結果、私としてはSpecial Chickenが一番の当たりで、種類によっては醤油を足して丁度いい感じなのもありました。(私があまりエスニックな味付けに慣れていない事もあるのかも)

(今回の戦利品の一部を紹介)

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ラーメン各種とカップスープ。カップスープはクノール社のものと隣国・クロアチア「Podravka」社のFini・miniシリーズ

”ショック”な部屋で衝撃的体験~恐らく世界一シュールな(?)旧正月の光景~ - 2010.01.14 Thu

今週始めからほぼ正常通りの生活を取り戻したMic'o家周辺ですが、年末年始「そろそろ休み疲れしましたけど、何か?」シーズンのフィナーレを飾るのが、これまた「旧暦(ユリウス暦)」上の正月、いわゆる旧正月です。
もう、これであのはた迷惑な爆竹の音ともサヨナラね~☆(多分)

さて、旧正月を迎える直前になると思いださずにはいられない出来事があります。
名づけて「オット、"ショック"な部屋に収容」騒動。

話はかなり割愛しますが、6年前のこの時期にオットが原因不明の心臓発作により緊急入院しました。
結局地元の診療所から設備の整っている隣町の病院に搬送され、そこで即座に入院の診断を下されたのですが、その時に収容されたのが「”ショック”な部屋」だったのです。
といっても、部屋の環境が酷くてショックだったわけでなく、現地語だと文字通り「ショック部屋(Šok soba)」

実は「ショック部屋」とは通称で、正式名称は

集中治療病棟(odjel intenzivne njege→以下ICU)

知らせを聞いたオットの親友に付き添われて訪れた入院先の病院で当時インターンをしていたオットの友人から軽く状況説明を聞くことが出来たのですが、当時「ショック部屋」の意味を知らず「ああ、部屋の種類は聞きとれなかったけど、ICUではないみたいだから安心だわ」と楽観視したのもホンのつかの間でした(最悪の状況は越えたのと、インターンの友人が割と明るい表情だったのも勘違いの要因だったかも・・)

そしてインターンの友人に連れて行かれた先がICUだったのに愕然とする私・・・

とはいえ、これまでのイメージと違いICUとはいえど詰め所の看護婦さんから許可を貰えば入室できましたので(どんだけアバウトなんだ・・)、「ピーピーピー」とどこぞのベッドからか鳴り響く機械音が気になりつつもオットと面会する事も可能で、自分の目で状態を確認する事ができたのは助かりました。
(※但しボスニア全土の病院で患者以外がICUに入室できるのかどうかは確認しておりません。ちなみに私が出産したデルベンタの産婦人科病棟は父親を含め母子以外は立ち入り禁止、見舞いは入り口に設けられた小窓を介して許可されていました。)

オットは数日後には割と元気を取り戻したものの、それから1週間程は再発作の可能性がある為にICUで過ごす事になったのですが、やはりICUだけあって同室で時折息を引き取る人もおり気が滅入った様子。
そんな折、ICUにて旧正月を迎える事になったオットですが、年を越そうが明けようがICUの夜はいつもと同じように機械音が響き渡る中で過ぎていくのかと思いきや、日付が旧暦上の大晦日から新年に変わろうとする頃に詰め所から

「さあ、今日は夜明けまでお祝いよ~!」「夜明けまで行くわよ~!」

という、詰め所の看護婦さん達のゴキゲンな声が響き渡ったそうです・・

一応、いつもの看護婦さん達の働きぶりを考慮して擁護させて頂くと、患者に非常事態が起こらない合間を縫って旧正月を祝おうという事だったのだと思いますが、それにしても詰め所では正月の祝杯をあげて盛り上がる一方で、相変わらず生死の間で彷徨う患者達とその横で「ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ・・・」と冷たい機械音が鳴り響くICU

オットの話を聞き、かなりシュールな光景が頭に浮かびました(汗)
(映画「ボスニア(lepa sela lepo gore)」のラスト直前には更にシュールなシーンがありますけどね)

先程日本の某病院に勤務する看護婦さんのブログを拝見したところ、年越しにはドクターを含む病院スタッフでカウントダウンしたりおせちを食べたなんてお話があったので、案外病院もお正月はお祭り気分炸裂な感じなのでしょうか?
でも、いくらなんでもICUに隣接している詰所で騒ぐのか?・・ってちょっと思いますけど

旧正月から約1週間後に一般病棟での滞在を経てオットは一応無事退院しましたが、今その病院に先日の献血を必要としている方が入院中です。
その方は既に一般病棟に移られているようですが、今年も例の看護婦詰所では祭りが繰り広げられたのか、それとも静かな夜を過ごしたのか、知人の状況と同時に気になるところでもあります。







ボスニアでも ありがとーぅ ~献血のチカラ~ - 2010.01.13 Wed

ここ1ヵ月程日本のネットラジオを視聴しながらPC作業する事が多くなりましたが、時折流れてくるのが↓のCM



今をときめくプロゴルファー石川遼選手が「ありがと~ぅ」と絶叫で連呼する「はたちの献血」キャンペーンのCMです。
1975年から実施されているこのキャンペーン、幼い頃はキャンペーンCMを見かける度に「このキャンペーンに参加できたら私も大人の仲間入りね」と来るべき大人の世界に想いを馳せていたものですが、実際高校生で献血デビューしてみると

200ml献血→2回協力したものの、その都度貧血気味に(そして貧血が収まった後は何故か頭が異様にスッキリ>汗)

成分献血→大学時代の一時期ボランティアをしていた献血ルームで試したものの、成分献血に必要な成分(血漿・血小板)を採取された後の血液が体内に戻される際に血管に耐え切れない痛みが走り、志半ばでリタイア(涙)

というへタレな献血歴しか残りませんでしたorz

さて、日本に関わらず毎日誰かが輸血用の血液を必要としているのはボスニアでも同じこと。
実は、ここ数日オットやその周辺の人々が献血協力者を探して奔走しております。
オットだけでなく私も仕事の際に何度か協力を頂いた恩のある方が手術を受けたのですが、手術を始めたところ当初の予想より大規模な手術になってしまい輸血が必要になってしまったのです。
ご本人は術後意識もはっきりしているし起きて会話を交わせるまでに回復しているそうなのですが、引き続き輸血は必要で、しかも、ある血液型のRH(-)である為、ドナーを探すのが大変。
そこでオットをはじめ手分けして心当たりがある人に連絡を取ったり人伝いに該当の血液型の方を探してもらって数人の方に協力をお願いする事になったのですが、いざ手術が行われた隣町の病院へむかったところ、無事献血までこぎつけたのは

たったの1人.. orz

年明けから最近までの祝日で皆さんの血液は栄養満点なんじゃないかと思いきや、持病の他、血圧が高すぎたり(もしくは低すぎ)で献血条件からはねられてしまったそうです。
しかし、引き続き献血を必要とするクチコミが広がっていた結果、他にも同じ市内はもとより病院が管轄している地域以外(※)の該当血液型の方達にも民族に関わらず献血協力に賛同してくれた方が複数出てきてくれたそうで、命をつなぐ活動が静かに拡大しつつあります。

(※)公立病院で受診する場合、まず地域を管轄する病院に行く必要があります。また、過去に献血経験がある稀な血液型の方については病院に情報が登録されているようです。
(以前、仕事中に病院か緊急の献血協力をお願いする電話が掛かってきた方がいました)

それにしても今回必要になった血液型はRH(+)でも(-)でも余り多数派ではないと思われるタイプだったのですが、今回協力者として名乗り上げてくれただけでも10人近くいた事に驚きです!(@0@)
オット曰く、ボスニアでもA型が多いんじゃないか?ということですが、実際に複数のサイト(学術論文系を含む)で確認してみると40%前後が日本と一緒でA型
続いてO、B、ABと続きますが、やっぱり日本と違うのはRH(-)の多さ。
欧州では全体の15%前後がRH(-)に該当するそうですが(日本は約0.5%前後)、ボスニアでもこの比率は欧州基準です。(EUじゃなくても地理的には欧州ですからね)

ちなみにこちらで「オー型のRHマイナス(プラス)です」と言ってもすぐには通じません。
なぜならOは「オー」ではなく現地語で数字の0(ゼロ)を意味する「ヌーラ(nula)」(もしくはヌルタ(nulta))、そしてRH因子は「プルス(プラス)」「ミヌス(マイナス)」ではなくそれぞれ「ポジティブナ(pozitivna)」「ネガティブナ(negativna)」となります。(ヌーラ、ヌルタ、ポジティブナ、ネガティブナそれぞれ単語の女性系です)

実際にRH(-)O型が話題に出た際、私がいつものクセで「オーのRHミヌス(マイナス)が」と口走った際、周囲が一瞬沈黙した後「それってウチらが言うところの『ヌルタ・ネガティバ』の事?」と突っ込まれました(汗)
もしかしたら日本には変わったタイプの血液型があるのかも?という疑問が頭を駆け巡ったものと思われます・・

「♪血液は同じ 血液は赤い でもマイナスじゃなくて ネガティ~バ~よ~」(「イッツ ア スモールワールド」「せーかーいはせーまい~」のメロディーでお願いします)」

日本でも、ボスニアでも、そして世界中のどこであっても必要とされる血液。
過去の失態にめげず必要があれば協力したいと思う私ですが、日本においては↓の条件を満たす為

献血できません!(泣)

※以下、日本赤十字ホームページより抜粋です(血液事業Q&A「海外旅行をした場合や海外で生活したことがある場合、献血は可能ですか? 」http://www.jrc.or.jp/blood/qa/index.html

(6)アイスランド、アルバニア、アンドラ、クロアチア、サンマリノ、スロバキア、スロベニアセルビア・モンテネグロ、チェコ、バチカン、ハンガリー、ブルガリア、ポーランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、マルタ、モナコ、ノルウェー、リヒテンシュタイン、ルーマニアに昭和55年(1980年)から今日までに通算5年以上の滞在(居住)歴がある方。(通算5年の計算には(2)(3)(4)(5)の滞在(居住)歴も含みます。)

旧ユーゴに該当する項目のみを抜粋しましたが、他にも該当する国がありますので詳しくは日赤Hpで御確認くださいね。

2009ESCベスト男性ボーカル&今年はあの「崖っぷち」男がキタ━(゚∀゚)━!!! - 2010.01.11 Mon

既に今年の大会(inオスロ)に向け着々と準備が進んでいるESC(ユーロビジョンソングコンテスト)ですが、昨年度参加者の男性ベストボーカルパフォーマンスアワード(Best male vocal performance award)が12月末に発表されましたのですが、その栄えある受賞者に選出されたのが

ボスニア代表として出場したグループREGINAのボーカルであるダヴォル・エブネルでした(パフパフパフ~♪)

同大会で圧倒的に集めて記録的な勝利を収めたノルウェーのアレクサンダー・リーバクを僅差ながら抑えての受賞です♪大会成績としては決勝9位と予想に反して振るわなかったレギーナですが、今回の賞の他にもリーダーのアーツォ・チョビッチが同大会の最優秀作曲家に選出されており、ESC関連としてはこれで2つ目の受賞となりました。
下は関連記事のURLと男性ベストボーカルパフォーマンスアワード投票の内訳です。
Davor Ebner wins Best male vocal performance award

http://www.esctoday.com/news/read/14705

1.Davor Ebner (Bosnia & Herzegovina) - 26.1%
2.Alexander Rybak (Norway) - 25.9%
3.Brinck (Denmark) - 17.3%
Sasha Son (Lithuania) - 17.3%
4.Petr Elfimov (Belarus) - 13.5%

以上は昨年度のESCのお話でしたが、私、すっかり忘れていました!
今日、1月11日に今年のESCボスニア代表が発表される事を。

偶然ESC関連のサイトを開いたところ、最初に飛び込んできたのは、何と懐かしいあの男の顔!!!

その男の名は、ブカシン ブライッチ

一昨年、スロベニアとコソボを除く旧ユーゴ諸国の歌手志望者が参加して放送されたオーディション番組「オペラツィヤ・トリユンフ(Operacija Trijunf」で同じくボスニアから参加のアドナン・ババイッチと優勝争いをし(結果は準優勝)、昨年はESCのセルビア代表を狙うべく「OT Bend」名義で「べオビジヤ(昨年までESCのセルビア代表選考会を兼ねていたソングコンテスト)」に参加したもののこちらも2位と万年2位に甘んじていたブカシン。
しかも、オペラツィヤ・トリユンフでは5回にわたる番組からの脱落の危機を乗り越え同番組のTOP2まで這い上がってきたいわば「崖っぷち」男が生まれ故郷・ボスニアを背負って欧州の舞台に殴りこみです!

(※ブカシンはボスニア生まれですが、内戦中セルビアに難民として避難→移住した事によりボスニアとセルビアの二重国籍を取得しているようです)

ん~、歌唱スタイル嫌いじゃないけど欧州のツワモノ、キワモノを相手にするにはちょっとインパクトに欠くような気も若干しないではないですが・・(汗)
↓は昨年ESCセルビア代表選考会(べオビジヤ)を2位で終えた時の映像(OT BAND名義)
グループはメンバー4人で構成されてますが、冒頭で歌っているのがブカシン



恐らくESCでの楽曲はロック調になると思われますが(↓の動画は「オペラツィヤ・トリユンフ」出場時のパフォーマンス)



バラードもいけます(オペラツィヤ・トリユンフ出場時)




お願いだから、オペラツィヤ・トリユンフで同窓だったイゴルくん(昨年のESCクロアチア代表)のようにどこか違う次元に飛ばされないでおくれ・・・


まだ英語版は開設されていないようですが、ブカシン情報を含むESC情報はこちら(BHRTサイト内)
ちなみに今年の勝負曲となる「Munja i grom」 (英訳「Thunder and Lightning」)は3月7日に放送されるESC特別番組で初披露される予定です。

http://www.bhrt.ba/eurosong2010/index.html


祝い三昧&ワビサビ的ツリー - 2010.01.11 Mon

正月からクリスマス、そしてスルプスカ共和国記念日、とただでさえ休日が多いのに、7日のクリスマスと9日のスルプスカ共和国記念日の合間の金曜もハッピーフライデー化(実際にはこう呼びませんけど)して5連休。
新年11日目にしてようやく街が正常化した感があるボスニア北部の生活です。
(※ボスニア国内でも地域における主要宗教や行政区分の違いにより微妙に祝日が異なっております)

さて、世間一般から遅れる事13日でやって来ましたクリスマスですが、電話やSMSでのお祝いだけで済んでしまった元旦とは異なり、家族が集って祝う日であるクリスマス。この日にはオットの伯父さんから例年通り「朝食に来られたし」と召集が掛かりました。
その大事な朝食の開始時間を確認せず朝早くから友人宅参りに出向いたオットのせいで大幅に遅刻しての到着となりましたが、やっぱり親戚と食卓を囲むと改めて「おお、私もこの家族の一員なのね」とちょっと気が引き締まる思いもしますが、まあ5分も経つとそんな緊張もほぐれてごちそうにがっついている私・・

ちなみに今回はセルビア正教のクリスマスを祝して朝食の席に集ったわけですが、面々をよく見ると私を含め約半分近くはセルビア正教徒ではない人達だったりするわけです。だって、伯父さん夫婦以外皆ミックス・マリッジ(異宗教・異民族間の結婚)なんだもの。まあ人種を超えているのはウチら夫婦だけですけど・・・)
内戦前はミックス・マリッジもそれ程珍しい事ではなかったわけですし、内戦後も全く皆無な訳ではない中で、オットの一族は「お前の親戚ってバラエティに富んでてすごくね?」と妙に感心される位のミックスっぷりな訳です。中でも異色な私が仲間入りしてからは珍味ミックス状態みたいになってしまった感が(珍味は勿論ワタクシですが、何か?)

そんな状況ですので、この日クリスマスを祝わない同士が挨拶を交わす際に一瞬どうすればいいのか考えるわけですが、この日はお互いクリスマスを祝うセルビア正教徒を家族に持つ者という立場でお祝いの挨拶を交わすというわけです。(勿論他の宗教のお祝いの時にはその宗教を信仰する親戚にお祝いのメッセージを送ります)


本来はもっとサクっと下の写真について記述するはずだったのですが、前置きが長くなりました(汗)



クリスマスに欠かせないのが麦と樫の木。
街の屋台で購入したこの樫の木、珍しく台の上に枝が差し込んであって部屋に飾れるようになっているのですが(いけばな、もしくは盆栽風?)、クリスマスツリーを意識しているのか飾りつけされているものの中途半端感はぬぐえません。

hrast.jpg

思い切って飾りつけをキレイさっぱり取り払うと、日本人の琴線に触れる侘び寂び、というか寂寥感が醸し出されている感がありません?!(正しく侘び寂びの意味を捉えていないと思われ・・>汗)

2010 017

元々は↑の樫の木の一部だった枝。ちょっと蛇足的だったので切ってドアのところの飾りに流用。
樫の木は門や入り口に飾られたり、日本の正月飾りのように車のナンバーの辺りに付けられたりします。

2010 016

いわゆる一般的なクリスマスツリーも飾ります。ツリーに掛けられた靴下は亡き舅が愛用していたというクリスマスカラーのマフラーをリサイクルして作成してみました☆

decembar 047

息子の宿題で作ったクリスマスツリー。ダンボールを切り出すのはオット、オーナメント担当は私、色塗りは息子と完全分業で完成した一品。

decembar 053

というわけで、今年のクリスマス話はこれにて封印ですぞ、ホッホッホッ(ってこのサンタさん、息子の親友です>笑)

メデタイのに 耳が痛い一日 - 2010.01.02 Sat

年末生まれの我が家の息子は小学校入学以来一度は叶えたい願いがありました。それは

誕生日をクラスの皆に祝ってもらう事。

例年だと12月の最終金曜日に終業式を迎える為本来なら今年も残念賞のはずだったのですが、息子のように惜しいところで願いを叶えられない子どもへの教育省の粋な計らいなのか(そんなはずはない>汗)今年の終業式は何と年末も押しに押した12月30日。
普通なら「何でそんな年末ギリギリまで登校しなくちゃいけないんだよ~!」と不満の1つもでそうなものですが、我が家の息子はこの決定にニンマリo(*^▽^*)o

これで皆にお菓子を配れるよ~

そう、お菓子をもらえる、ではなく、お誕生日を祝う人がお菓子やジュースを持参してクラスメイトと先生に配るのがこちらの習慣なのです。学校入学3年目で初めて巡ってきたチャンスに息子もすっかり気合が入り、誕生日前日にはクラスで振舞うお菓子をがっつり買い込んで学校へ向かいました。

そして、皆に誕生日を祝ってもらい上機嫌で帰宅するものと思っていましたが、帰宅するやいなや息子から意外な泣き言が。

「ママ~、耳が痛いよ~!!」

あ~あ~、そうかい。やっぱり皆からあの洗礼を浴びたのね(^m^)
それはですね、つまり、こういうことなのですわ

rodjendan 005

お誕生日の人はもれなく「お誕生日おめでとう~」の祝福と共に両耳を上に引っ張られるという習慣があるのです。
「大きくなりますように☆」の願いを込めて上に引っ張るわけですが、育ち盛りの息子世代だけではなくもう30代も半ばの私も同様に皆様から引っ張って頂くわけでして。でも、私の場合どう考えても上ではなく横に耳を引っ張られているに違いないと思うわけです(これ以上ノーコメントでお願いします>汗)

え~、話が少々横に逸れましたが、↑の写真は「え~、もう耳が痛いから引っ張られるのは勘弁して~」という息子を拝み倒し、片耳だけという条件で撮影させてもらいました。
ママの説教で耳が痛いのは日常茶飯事だと思いますが、この場合は皆の誕生日を祝う気持ちが込められた痛みですよね(^^)

ちなみに今年8回目の誕生日を迎えた息子の出席番号、そしてサッカークラブの背番号共に「8」という事でスリーセブンならぬスリーエイトフィーバー状態なのですが、これからの彼の人生も八の字のように末広がりになりますように☆




ボスニアの新年の空は荒れ模様 - 2010.01.01 Fri

ブログを読んで下さっている皆さん、新年明けましておめでとうございます。

ここデルベンタでは大晦日から元日の朝方に掛けて断続的に雨(一時的に雷雨)に見舞われましたが、雨の合間をぬうように爆竹や花火の鳴る音が家の近辺で響き渡り、余りのしつこさに番犬・リキも呆れて威嚇するのを忘れる程でした。迷惑なのは音だけでなく、街中が火薬の匂いで充満している感じすらします。


まあ、そうはいってもそういうお国柄ですから(っていうか欧州は全体的にそんな年越しらしい・・)

元旦も午前10時を回って薄く晴れ間も見えてきましたが、単なる好奇心でサラエボ空港の運行状況を確認してみると





ちょっと分かりづらいかもしれませんが、今日は朝の便からキャンセル続出です(汗)サラエボ上空は新年から荒れ模様なのかな?不思議な事に通常は欠航が相次ぐボスニアの航空会社BH AIRLINESは何故か遅れはあるものの10:45AMの時点で欠航なし。
もしかして、これって天候の影響ではなくBH AIRLINES以外の利用客が少ない為の間引き運行なのか・・?!(汗)

新年の初日から天候もフライトの運行ダイヤも乱れているボスニアですが、今年も電話回線の不通や停電にめげず(勿論それが日常茶飯事に起こるわけではないですけど)ブログを更新していきますので、昨年同様「ボスニアのかけら」と管理人をどうぞ宜しくお願い致します☆

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プロフィール

Mic'o(みーちょ)

Author:Mic'o(みーちょ)
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1999年からボスニア・ヘルツェゴビナ北部の小都市・デルベンタに在住。現在は主婦時々お仕事の生活。
これまでに関わったお仕事は、各種通訳及び翻訳(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)、取材コーディネーター、ボスニア関連コラム(サッカー、生活事情)執筆、ラジオ出演など。
詳しい経歴はこちら⇒http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htmhttp://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htm)


2015年からボスニア北部の伝統刺繍(ズミヤニェ刺繍、イミリャニ刺繍)に取り組んでおり、ボスニア国内や日本でこれらの刺繍を紹介するイベントを開催してきました。また、これまで制作してきた刺繍作品を紹介するブログを更新しております。
「ボスニアで手に色(しょく)生活」
「ボスニアで手に色(しょく)生活」

http://ameblo.jp/micobih/

仕事関連や刺繍に関する問い合わせはtagjug@hotmail.comまでお願いします。(状況により返事が遅れたり、返信できない事もありますので、予めご了承下さい)

※お問い合わせに関するお願い
ここ数年、在外邦人をテーマにしたある番組から出演依頼のメールを頂くのですが、諸事情によりプライベートな生活の紹介を含むTV取材等は遠慮させて頂いております。何度お断りしても他のルートを通じて繰り返し同様のご連絡を頂くので、当方もその都度お断りの返事をしなければならず、大変困っております。私にだけでなく、知人にも迷惑が掛かっているケースもありますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。
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ボスニア北部の伝統刺繍作品

画像をクリックするとアルバムが閲覧できます。(今後随時作品を掲載していきます)

なお、画像の無断転載を固くお断りします。

2017年ボスニアの主な移動祝日

年によって日付が変動する各宗教の移動祝日。2017年は以下の通りです。

4月16日 イースター
(ローマカトリック、セルビア正教)

6月26日 ラマザン・バイラム初日
(イスラム教)

9月2日 クルバン・バイラム初日
(イスラム教)

旧ユーゴの為替レート(対日本円)

Bloomberg.co.jpの為替レートを基にしています。

(2017年1月15日現在)※実際の両替レートとは若干差があります

<ボスニア>1コンヴェルティビルナ・マルカ= 62.16 円

<クロアチア>1ク-ナ= 16.15円

<セルビア>1ディナール= 0.98 円

<マケドニア>1ディナール=1.97 円

<スロベニア、コソボ及びモンテネグロ※>1ユーロ = 121.32円

※モンテネグロ及びコソボは欧州連合に加盟していないものの、通貨としてユーロを導入中

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