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2007-06

 - 2007.06.29 Fri

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モスタールの「スターリ・モスト(古橋)及び旧市街」に続き、先日のUNESCO世界遺産委員会においてセルビア国境に程近い東部の街・ヴィッシェグラドの「メフメド・パシャ・ソコロビッチ橋」が世界遺産に登録されました。
ヴィッシェグラ-ド出身のオスマン帝国大宰相メフメド・ソコルル(ソコロビッチ)※によって1511年から1577の間に建設されたこの橋は、1961年にノーベル文学賞を受賞したイヴォ・アンドリッチの作品「ドリナの橋」の舞台としても名が知られ、何世紀にも渡りセルビアとボスニアの人々及び文化を繋ぐ役割を果たしてきました。

今回の世界遺産登録により、国内の2つのエンティティー(ボスニア連邦及びスルプスカ共和国)に各一箇所づつ世界遺産が存在する事になります。(ヴィシェグラ-ドはスルプスカ共和国に位置する)

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※メフメド・ソコルル(ソコロビッチ)
ヴィシェグラ-ドのキリスト教一家に生まれたが、オスマン帝国により童税として徴発されイスラム教に改宗。
イスタンブルの宮廷学校で教育を受けた後、能力が認められ同帝国の大宰相に抜擢される。
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ちなみに6月28日というのはセルビア正教徒にとって「ヴィドヴ・ダン(聖ヴィトゥスの日)」ですが、1389年にコソボポリェの戦いでセルビア王国がオスマントルコに屈した日であると同時に、1914年にはボスニア青年党のセルビア人党員ガブリロ・プリンツィプがサラエボ訪問中のオーストリア皇太子夫妻を暗殺事件が勃発した日であるなど、宗教上の1聖人の日というだけでなく歴史上非常に意味を持つ日です。奇しくもこの日、歴史に翻弄されて来たボスニアを見守ってきた橋が世界遺産に登録されたというのも何かの因果なのかもしれませんね。

ボスニアを代表する2つの橋が世界遺産に登録されているという事は誇らしい事であると同時に、登録後の維持にも登録に漕ぎつける以上に力を入れていく必要があります。ボスニア初の世界遺産であるスターリモストには数年前サッカーサポーターによるものと思われる落書きが発見されるなど、地元全体で世界遺産を維持していこうという気運に欠けるのではないか?と思われる出来事も起こってますし、今回の会議でもUNESCO側からスターリモストとモスタル旧市街の現状に関する質問がなされたようです。
オマーンの動物保護区はそこに生息する希少動物の激減や保護区面積の大幅縮小を理由に世界遺産登録から除名処分を受けたそうですが、世界遺産登録を受けた事で国や行政当局はもとより住民も世界遺産の名に相応しい状態での保存に心を砕いて欲しいものです。

陸焼け☆海焼け(時にはバカンス気分編・その1) - 2007.06.26 Tue

子どもの学校が休みに入り、大人も順次夏期休暇を取る季節。
海岸線わずか20kmという内陸国のボスニアでも、海を求めて隣国のクロアチア、そしてモンテネグロへと国民大移動中です。
それにともない周囲の海焼け率も急増中です。(笑)
先週、バニャ・ルーカのバスターミナルにて海に向かう夜行バスを見かけました。
一部の読者の方にはおなじみのバスではないかと・・(^m^)

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海辺のバカンスは一週間前後が一般的なので荷物は1人スーツケース一個が当たり前。
トランクに全部詰め込めるかはドライバーのスペース活用術次第。

一方、私達(私&息子)は6月初旬にクロアチアはCrikvenica(ツリクベニッツア)でのバカンスを楽しんできました。
オットの知人夫婦がペンションを所有しており、先だって我が家に遊びに来た際に「6月か9月だったら部屋に余裕があるから泊まりにおいでよ~」とありがたいオファーを頂いたのです。
オットは勤務先である学校の年度末で多忙な時期である為、私と息子でその話を受けさせて頂く事に。
クロアチア側のアドリア海には初上陸、しかも考えてみれば日本国内旅行を除けば息子と国外旅行なんて初体験!
さすがにオットが不憫に思えたものの、逆にオットをはじめ周囲の人々に背中を押され一路アドリア海へ出発。
中3日の滞在予定に皆から「折角行くのにどうして一週間以上いないの~?バカンスなのよ~!!」といぶかしがられましたが、招かれている身分では3泊でも図々しいのでは、と思ってしまう次第で…
なんといっても手持ちのクロアチア語参考書(※)にも

「Svakog gosta tri dana dosta」(どんな客でも3日が限度)

って載っている位ですから…・
(※大学書林 三谷恵子著「クロアチア語ハンドブック」 p106 参照)

実際にはペンションに招待してくれた知人夫婦からも「もう少しゆっくりしていけばいいのに~」と言って頂いたんですけどね
「もう少しいてもよかったねと思えるくらい楽しかった☆」と余韻を残す位が丁度いいんです。
体力的にも金銭的にも・・

以外と地元・デルベンタの人達や国外在住のデルベンタ出身の人達も知らなかったりするのですが、クロアチアの首都・ザグレブまで毎日定期バスが運航しているのでザグレブまで行ってツリクベニッツァ行きのバスに乗り換えるか、もしくはデルベンタからリエカ(ツリクベニッツァからバスで40分程の港町)まで週に数本運航しているバスを利用すれば移動には全く問題がありません。
ただデルベンタ→リエカ行きはいずれも到着時間が朝早すぎるor夜遅くなので、ザグレブまで行きツリクベニッツァ行きのバスに乗り換えることに決定。
クロアチアの長距離バススケジュールに関しては、ザグレブのバスターミナルをはじめサイトで検索でき、料金も表示されるのが非常に便利ですよ。

<クロアチアバスお役立ちサイト>

http://www.akz.hr(ザグレブバスターミナルのサイト)
http://www.autotrans.hr (リエカ近郊のバス時刻検索サイト)

続きは(たまにはバカンス気分編・その2)にて

陸焼け☆海焼け - 2007.06.18 Mon

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真夏を思わすカンカン照りかと思えば突然雷雨が立ち込めて・・と日焼けする暇もない程目まぐるしく変化している初夏のお天気ですが、私の腕には陸焼け(写真左)、続いて海焼け(同右)により着実にメラニン色素が増殖しております。

陸焼けの理由は↓につきるでしょう。

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息子が所属するサッカーチームで親善試合が続いている為、それに付き合うと否応なしに半日屋外で過ごす事になります。

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親になるという事・・それは即ち容赦なく紫外線にさらされるという事(汗)
ちらほら目につく傘はあくまで雨傘です。




じっとしているだけでも暑いのに息子にひっつかれたり乗っかられたりしているお兄ちゃん達。皆面倒見はよいのですが、余り図に乗ると見捨てられます(^m^)

↓のバスと美しいアドリア海を舞台に展開する海焼けの話は次回にて☆

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さよなら 先生 でもまた明日(後編) - 2007.06.18 Mon

入園後僅か1ヶ月で卒園式を迎える事になった息子ですが、入園の手続きも至って簡素なら卒園式のお知らせもも前日に息子を迎えに行った際「あ、明日3時から卒園式ですから!」の一言のみ。
全く唐突なんですが、私が出張中に園児達が参加した市の仮装カーニバルの際もオットが息子を園に送って行った際に
「今日は仮装カーニバルに参加しますので17:00に迎えに来てくださいね」とお知らせを受けたそうなので、何事も直前に連絡するのが常であるようです。
但し、卒園式に関しては事前に年長組ロッカールームのドアに掲示がされていた事をつい数日前に発見しました…
言い訳ですがいつもドアが開放されているので全く気が付かないのですよ。思わぬ盲点でした。
毎朝玄関脇の掲示板はチェックしているんですけどね。

同時期に行われた高校の卒業パーティーは皆日本の成人式に匹敵する程の気合の入れようですが、前日に連絡が伝わる位だから皆普段着に近い服装で来るんだろう、とタカをくくっていたところ、当日の朝ロッカールームで一緒になった女の子は髪をしっかりブローして可愛らしいワンピースを纏っているではないですか!Σ(-0-;)
息子にもとりあえず遊び着ではない服を着せてはきたものの、女の子に比べたら明らかに手抜きな装いです。
でも、蓋を開けてみたら男の子はシャツにジーンズといった子が圧倒的でした。
式の前は通常どおり園での生活を送るので、あまりめかしこんでも思い切り遊べませんもんね(特に男の子)。

普段なら子ども達がパパやママに手を繋がれて園を後にする午後3時、両親はじめ親族一同が園に勢揃いする中で卒園式が幕を開けました。


さよなら 先生 でもまた明日(中篇) - 2007.06.17 Sun

卒園式の話に進む前に、中篇というより番外編としてちょっと園での様子を。

園での1日は園児の契約体系(午前のみ、1日保育)によって多少異なりますが、息子の場合は午前のみの登園(昼食付)から私の出張が入るのを境に1日保育(昼食・おやつ付き)に切り替えました。
本来1日保育は朝食も付くのですが、我が家では自宅で朝食を取る余裕があるので朝食抜きにしてもらい、保育料もその分若干差し引いてくれました。
(ちなみに朝食はお茶orミルクとパン、ハムといった感じ)

6:30~8:30 登園・朝食
8:30~11:00 遊び、各種アクティビティ
11:00~11:30 昼食
11:30~14:00 昼寝
14:00~14:30 おやつ
(その後 保護者の迎えがあるまで基本的に自由時間)

私達が息子を連れて初登園したのは丁度朝食の時間帯だったのですが、何が驚いたかって、年少組から年長組に至るまで誰も席を立ったり騒いだりする事なくお行儀よく席に付いて食事しているという事!
先生が席を外した隙にちょっとざわつく事もあるものの、先生が注意するとぴたっと元の静寂が戻るのには感心する事しきり。
食事が終って部屋に戻る時にもバラバラではなく、それぞれの組毎に整列して入室するなど、幼い頃から規律を徹底させる教育方針なようです。
これは保育園での生活を経験した子とそうでない子では小学校入学した際に相当差が出てきそうな予感・・
しかし終日規律正しい行動を求められているわけでもないようで、遊ぶ時などは割と自由にさせられているようですが。

幼稚園での規律といえば、入園間もなくの頃ある衝撃的な体験をしました。

物心付いた時には殆ど昼寝とは縁のない生活を送っていた息子ですが、1日保育に切り替えた初日は私の杞憂をよそに昼寝タイムが終了した後もまだ夢の中。
そして息子の隣には同じくクラスのアーニャちゃん(仮名)が寄り添ってましたので、「まだみっしゅ(息子@仮名)は寝てるね~」と声を掛けたところ
アーニャちゃん曰く「先生はさっき用事があって園の外に出かけてしまったから、みっしゅが起きるまで横で待っててあげてねとお願いされたの」との事。
みっしゅはまだぐっすり睡眠中で目覚める様子もありませんでしたが、アーニャちゃんのママも既にお迎えに来ているしアーニャちゃんにはお役御免で帰ってもらおうと声を掛けたところ、

「アーニャ、あなたは先生にみっしゅが起きるまで見守っているように、と頼まれたのでしょう?だったらちゃんと約束を守らないといけません」

とアーニャちゃんのママの一言が飛んできました Σ(-0-;)

「いや、みっしゅの親である私もいる事だし、アーニャちゃんはもう役目をしっかり果たしたので・・」とアーニャちゃんに助け舟を出すつもりが

「違うのよ。アーニャは先生とお約束をしたのだからそれを守らないといけないの。だから気にしないで(^^)」との事。

まあ、約束を守る事は大事だし、肝心のアーニャちゃんも自分の役目を嫌がっている様子ではなかったので引き続き眠りの番をお願いしようか、と気持ちを切り替えようとしたものの、アーニャちゃんのお友達も次々遊びに誘いにくるし、その度にアーニャちゃんの心も揺れているのが表情から読み取れます。

余りに申し訳なくなったので、昼寝タイム終了後もグースカ寝入っている息子を叩き起こす事にしました。

丁度眠りも浅かったのかすんなり目が覚めた息子。
アーニャちゃんと彼女のママにお礼の言葉を述べて園を後にしました。

ママのお迎えに関係なく先生の約束をしっかり守ろうとしたのが正しかったのか、約束には反しても臨機応変に対応してもよかったのではないか、と意見が二分するところだと思いますが、頼まれた事を全うする責任感を子どもに付けさせるという意味ではアーニャちゃんママの行動は妥当ではなかったのではないかと考えています。

保育園より一足先に参加しているサッカークラブでは最年少な事もあって守られる立場である事が多い息子ですが、保育園での同じ年代の子ども達との集団生活ではお互い守ったり守られたりとまた新たに学ぶ事が沢山ありそうです。

(後編へ続く)

<園の風景 その2>


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さよなら 先生 でもまた明日(前編) - 2007.06.17 Sun

2001年末に産声をあげた息子も今秋から小学校へ通う事になりました。
こちらでは必ずしも就学前に保育園、もしくは幼稚園に通わせる習慣はなく、親が働いていても保育園に通わせずベビーシッターを雇う人もいますし、母親や身内が常時家にいる場合には小学校就学まで家で過ごす子もいます。

我が家でも私が出張等の際に限り親戚・知人にベビーシッターをお願いする形を取っていたのですが、就学前面談で「現地語より何故か日本語力の方がまさっている事」を指摘された事と、小学校入学準備を兼ねてこの春から地元の保育園に通園させる事にしました。
ただ、保育時間が現地の平均的な就労時間に合わせ最大午後4時までなので、私の出張の際にはその後の面倒をベビーシッターの方にお願いする事になります。

集団生活に関しては昨秋から地元のサッカーチームに参加している事と元来の社交性が功を奏して「既に2年位保育園にいるみたい」と称される程園での生活に馴染んでいる息子ですが、通園して数日後担当の保母さんから「これ覚えて来てくださいね~」と一枚の紙を渡されました。

「ぼくはたいようがだいすき なぜならあたらしいいちにちをつれてくるから」

という一文。これ、なんと

5月末に行われる卒園式で暗記朗読する詩 なのでした。
うちの子は数日前に入園したばかりなんですが・・orz

ちなみにこちらの保育園では何かといえば詩を暗唱朗読するのがお決まりですなのですが、今回の卒園式で息子のグループは自然に関する詩を交代で朗読することになったようです。

卒園式までのリミットは約一ヶ月。息子は課題の一節を暗記して勝手に替え詩(?)までして楽しんでますが、この余裕が本番の際に吉とでるか凶とでるのか・・

詩の他にどうやら式の際に皆で歌う「さよなら 大好きなせんせい」の歌詞はかなり怪しいです(汗)

(続く)

<園の風景 その1>


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97年にノルウェー等の支援を受けて再建された園の建物

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園の建物を挟んで両端が園丁になっている

いつまでも ともだち~♪ - 2007.06.15 Fri

オットの生まれ故郷で暮らしていると、長期休暇で国内外から帰省する彼の友人達の訪問を受けるのはもはや毎年の恒例行事。
中には家族を同じ市内にある奥さんの実家に残し1人だけ我が家に宿を求めるという珍客(笑)もいますが、一緒に過ごした時期はなくとも年々顔を合わせていれば「もうすぐあの人達がやってくる時期だわ~」と親愛の情も湧いてくるってもんです。

オットと未だに親しい付き合いがあるのは主に高校時代のクラスメイト達ですが、個人レベルでは再会を楽しむものの、内戦を挟んだ事もあってか高校卒業して以来というものクラスレベルで集まるという機会はありませんでした。

そこで今夏、企画されたのが卒業「21」年目の大同窓会
キリのよい数字ではありませんが、とりあえずこれだけの年月が流れた後でどれだけの面子が揃うのかとりあえず実施にこぎつける事に。

栄えある(?)初代幹事役を仰せつかったのは地元在住の我がオット(^m^)
折りしも高校勤務なので当時の先生方と連絡をつけやすく、同窓会の際に当時の教室見学を手配したり、学校が所有する当時のクラス写真を収めたアルバムの調達などを行うのが容易という事で一見適役ですが、事前に会場となるレストランを押さえたのをすっかり忘れて他のレストランに予約を入れそうになるなど、幹事としての資質に関してはいささか疑問の余地が・・orz

国内外に点在する元・級友達にどう連絡を取るかが幹事の頭を最も悩ませるところですが、他の級友達がオットにしびれを切らし、幹事の負担を軽くする為にそれぞれの在住国で連絡網を作成してくれ、連絡が付いた分から順次出欠確認が送られてきました。
皆旧友達と邂逅する機会を心待ちにしていたのか、各人のレスポンスも速いのなんの!結局生徒と教師合わせて30人近くが参加を表明しました。

しかし、かつて机を並べて学んだとはいえ、その後兵士として、難民として内戦に翻弄された世代でもある彼ら。どんなに旧友に会いたい一心で駆けつけたとしても、酔いが引き金となり参加者を気まずくさせるような発言が飛び出さないか。そんな不安がが大なり小なり参加者の心を過ぎったようですが、結果的にオット(+我が家を定宿にする友人)が戻ってきたのは


午前4時


一次会の会場を後にしたのはもう日が変わった後で、しかも2次会のディスコが閉店なので追い出されたらしい(笑)

それでも話は尽きぬ事無く、翌日は朝9時から有志がカフェに集合。
更にその翌日は夫と友人数名(+その家族)で郊外のレストランでランチへ。残念ながら参加できなかった人からは参加者からの報告を待ちきれないとみて、オットが同窓会から帰宅するまでに3回も電話が掛かってきました。






同窓会翌日の二次会にて(同窓会の二次会とは別物>汗)

次回の同窓会は4年後の予定だそうですが、一番杞憂すべきなのは次回に集まる人数以前にオットが皆の住所録を紛失せずに管理しているかどうかです(爆)


















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プロフィール

Mic'o(みーちょ)

Author:Mic'o(みーちょ)
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1999年からボスニア・ヘルツェゴビナ北部の小都市・デルベンタに在住。現在は主婦時々お仕事の生活。
これまでに関わったお仕事は、各種通訳及び翻訳(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)、取材コーディネーター、ボスニア関連コラム(サッカー、生活事情)執筆、ラジオ出演など。
詳しい経歴はこちら⇒http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htmhttp://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htm)


2015年からボスニア北部の伝統刺繍(ズミヤニェ刺繍、イムリャニ刺繍)に取り組んでおり、ボスニア国内や日本でこれらの刺繍を紹介するイベントを開催してきました。また、これまで制作してきた刺繍作品を紹介するブログを更新しております。
「ボスニアで手に色(しょく)生活」
「ボスニアで手に色(しょく)生活」

http://ameblo.jp/micobih/

仕事関連や刺繍に関する問い合わせはtagjug@hotmail.comまでお願いします。(状況により返事が遅れたり、返信できない事もありますので、予めご了承下さい)

※お問い合わせに関するお願い
ここ数年、在外邦人をテーマにしたある番組から出演依頼のメールを頂くのですが、諸事情によりプライベートな生活の紹介を含むTV取材等は遠慮させて頂いております。何度お断りしても他のルートを通じて繰り返し同様のご連絡を頂くので、当方もその都度お断りの返事をしなければならず、大変困っております。私にだけでなく、知人にも迷惑が掛かっているケースもありますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。
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ボスニア北部の伝統刺繍作品

画像をクリックするとアルバムが閲覧できます。(今後随時作品を掲載していきます)

なお、画像の無断転載を固くお断りします。

2017年ボスニアの主な移動祝日

年によって日付が変動する各宗教の移動祝日。2017年は以下の通りです。

4月16日 イースター
(ローマカトリック、セルビア正教)

6月26日 ラマザン・バイラム初日
(イスラム教)

9月2日 クルバン・バイラム初日
(イスラム教)

旧ユーゴの為替レート(対日本円)

Bloomberg.co.jpの為替レートを基にしています。

(2017年9月9日現在)※実際の両替レートとは若干差があります

<ボスニア>1コンヴェルティビルナ・マルカ= 66.32 円

<クロアチア>1ク-ナ= 17.45円

<セルビア>1ディナール= 1.08 円

<マケドニア>1ディナール=2.1 円

<スロベニア、コソボ及びモンテネグロ※>1ユーロ = 129.79円

※モンテネグロ及びコソボは欧州連合に加盟していないものの、通貨としてユーロを導入中

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