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2006-05

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Dogodilo se u Atini Part2/宴の後で - 2006.05.30 Tue

ボスニアとしては史上最高の3位という成績をアテネ土産に大会翌日夜に帰国したハタ・マタ・ハリ(+ボスニア代表団)の一行は、パスポートコントロールから出てくるや否や、空港で待ち構えていた多くのボスニア国民から祝福を受けました。
halidolazak.jpg
空港前でハリのスピーチ&「レイラ」の大合唱(BHT1より)

そしてハリ様御一行は、「Dogodilo se u Atini(アテネで(それは)起こった)」と題された特別番組に出演する為テレビ局へ直行。VTRで今大会の自分達や上位を占めた国々のパフォーマンスや投票発表の様子等を振り返りました。
その時のこぼれ話によると、今大会のお騒がせだったアイスランド代表(予選で敗退)は何かと問題を起こし最後には警察沙汰にもなったようなのですが、どうやらハリ達の控え室(?)が彼らの向かい側あたりだったらしく、色々大変だったようです(汗)また、ハリのバックでアコーディオンを弾いていたように見えたコーラスの女性は、実際のところアコーディオンは弾けないという事が判明。彼女曰く演奏しているように見せかける為頭の動かし方にも気をつかったらしいです(笑)

hariuatini.jpg

今大会本選でのハリ・マタ・ハリまた、今大会で優勝をさらったフィンランド代表のLordiについては、彼らの勝利に対して否定的な考えはなく、むしろ彼らの健闘を称えるコメントをしていましたが、ハードロックがこれだけの票を集めた原因として、モンスターが多く登場するビデオゲームやアニメーションに影響を受けた子ども達、特にまだ週末に夜の外出をする習慣がないローティ-ン世代がこぞって彼らに投票したのではないだろうか、という見解を発表していました。また今回の「モンスター」の勝利に関して、ボーカルのハリは事前に息子のダミルから「モンスターを侮らない方がよい」との警告を受けていた事もあってか、淡々とフィンランド代表の勝利を受け止めていた雰囲気がありました。
ただ、後日友人とこのテーマについて話をしたのですが、彼女は別の見解があって、「ローティーン世代がそれ程この大会に興味を示すとも思わないし、電話投票が全てのパフォーマンス終了後の夜11時過ぎの10分間で行われるのに、子ども達がそんな時間まで子ども達が起きて投票に参加するか非常に疑問である。この大会の結果は賭けの対象にもなっていたからその絡みもあるのでは」とハリ達の結果分析に否定的な考えを見せました。
来年以降はハードロックバンドが代表に登場しても「二番煎じ」と受け止められて見る方に衝撃も目新しさも与えないでしょうから、再び見た目ではなくパフォーマンスの内容が評価されるようになるのではないかと思うのですがどうなるでしょうか。

話はまたハリ・マタ・ハリに戻りますが、今回ボスニア代表団として参加した男性の1人が93年に(多分ボスニアとしては初めて)大会に参加した際のエピソードを紹介したのですが、その際に「当時は内戦中だった事もあり参加するだけでよかったけれど、今は結果が求められる」といった事を話していました。それを受けて司会者も「『世界中の全ての痛み(93年参加時の楽曲名)』がボスニアに集まっていたような時代から、今やボスニアは発展が求められる国となったのです」とまとめていましたが、参加するだけでは意義が求められなくなったという事に内戦後のボスニアの復興を感じる事ができる反面、まだまだ残る修復作業と発展を並行して進めていかなければいけないこれからがまさしくボスニアの正念場です。

(おまけ)↓は今回のEUROSONGでのボスニア3位入賞に際し「彼ら(政治家)は中身の無い話で私達を欧州(EU)に連れて行こうとしてるけど、ハリと一緒なら歌で欧州レベルに達する事が出来たわ」とボスニアの視聴者が会話している様子を描いた風刺画。(Dnevni Avazより)

saharijemzaeu.jpg
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米原万里さんの訃報 - 2006.05.30 Tue

昨日N○K国際放送の7時のニュース(※日本で放送されているものです)を見ていたところ、ロシア語通訳で作家の米原万里さんが卵巣ガンの為亡くなられたとの事(T-T)

昨年1月に初めて彼女の本(どの本だったか忘れた)を手にとってからというもの、テンポ良く、シモネタも躊躇なく文章に散りばめられてるんだけど決して下品な感じはせず、鋭く物事の的をついている彼女の文体に惹かれ、立て続けに3冊程彼女の著書を買い求めたものだ。
また、通訳として周囲にアドバイスを求められる人が皆無だった事もあり、言語は異なるものの彼女の著書に励まされたり、失敗から学ぶ勇気や、そして何より通訳業の醍醐味というものを教わった。

先日も彼女の著書に目から鱗が落ちる一節があったので、その事をネタに夫と話し合ったばかりだった。享年56歳、まだまだ軽快な切り口の文章で私達を笑いに誘ってくれると思っていたので本当に早すぎる別れ。心から万里さんのご冥福をお祈りします。

<万里さんの著書(各賞受賞作品のみ)>
不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か1995年読売文学賞(随筆・紀行部門)受賞作品
嘘つきアーニャの真っ赤な真実嘘つきアーニャの真っ赤な真実 2002年大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品
オリガ・モリソヴナの反語法オリガ・モリソヴナの反語法2003年ドゥマゴ文学賞受賞作品

Dogodilo se u Atini/レイラの行方 - 2006.05.29 Mon

気になる事×2」等で取り上げたEUROVISON Song Contest(以下EUROSONG)。既に本戦が終了してから1週間程経ってしまった為ネタの鮮度はかなり落ちてしまったと思われますが、先週末に関連番組の再放送があったので、当日と本選翌日の流れを追いながら結果報告をさせて頂きます。
こんなタイミングを外した話題で申し訳ないのですが、余りにも長文になる予定なのでPart1とPart2に分けて掲載したいと思います。ちなみにタイトルの「Dogodilo se u Atini」とは「アテネで(それは)起こった」という意味です。何が起こったのかは読んでからのお楽しみ(という程の事かは分りませんけど>汗)

==============
当日は残念ながら8:00PMから仕事関連のディナーが入ってしまった為、本選の生放送を視聴する事はできなかったのですが、ディナーの為に入ったレストランの下から随時歓声が沸いていたので、皆時間をちらちらみながら「きっと今ボスニアの出番が終ったんだろう」とか「きっとテレビ投票に参加しているどこかの国から最高得点をもらったんだろう」などと大会の結果が気になる様子。(内心、だったらディナーの時間を繰り上げればよかったのにと思ったり・・)
結局ディナーを終えてレストランを出た時には11:30PMを廻っていて、ホテルに戻る道すがらタクシーの中に流れるラジオで各国の投票の流れを追っていたのですが、ボスニア代表は上位3国に食い込み優勝も狙えそうな勢い!タクシードライバーのお兄さんと「ボスニアが優勝するのはいいけどさー、来年の大会を開くだけの金がないよなー」「いやいや、いざとなったら支援を求めればいいんじゃない?」などと談笑を交えながら優勝の行方に耳を傾けていたのですが、終盤周辺国からの友情票を集めたものの優勝はハードロックで観客+視聴者に衝撃を与えたフィンランドで、ボスニアは結局3位に留まりました。ちなみに2位はロシアでしたが、白いグランドピアノから白塗りのバレリーナがむくむくっと登場したり、と観る者の意表をついた演出がよかったと思います。
hardrock.jpg

優勝したフィンランド代表のハードロックグループ「Lordi」(BHT1より)

フィンランドの、というよりハードロックの勝利は様々な波紋を呼びましたが、パフォーマンスの1つとして見る分には異論はないけど、ヨーロッパを代表する歌謡祭の覇者としてはロシアに軍配を上げたい、というのが私の見解です。でも、ボスニア代表のハリ・マタ・ハリのパフォーマンスは決して贔屓目ではなく優勝しても納得がいくパフォーマンスだと思いましたし、何よりこの大会の場合友好国が多い程高得点獲得が期待できるというのが慣習なので、高得点だからといって必ずしもパフォーマンスの質と比例しているとは限らないのですよね。
参考までにフィンランド、ロシア、ボスニアの上位3カ国が獲得した得点の流れを少し追ってみました。

1位 フィンランド
・視聴者電話投票でフィンランドに最高得点(12点)を与えた国
デンマーク、エストニア、ギリシャ、アイスランド、ノルウェイ、ポーランド、スウェーデン、イギリス
・視聴者電話投票でフィンランドに全く点数が入らなかった国
アルバニア、アルメニア、モナコ

2位 ロシア
・視聴者電話投票でロシアに最高得点(12点)を与えた国
アルメニア、ベラルーシ、フィンランド、リトアニア、ウクライナ
・視聴者電話投票でロシアに全く点数が入らなかった国
スイス

3位 ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下ボスニア)
・視聴者電話投票でボスニアに最高得点を与えた国
アルバニア、クロアチア、マケドニア、モナコ、スロベニア、セルビア・モンテネグロ(当時)、トルコ、スイス
・視聴者電話投票でボスニアに全く点数が入らなかった国
アンドラ、ラトビア、イギリス

お約束通り、フィンランドは主に北欧諸国、ロシアは旧ソ連、そしてボスニアは旧ユーゴ諸国から票を集めているのが分ると思います。ただ、友好国同士の票の送り合いを擁護するわけではないのですが、友好国が多いほど、どの国に最高得点を送るべきか悩みもあるような気がするのですけどね。また得票の流れに1つの相対関係を見出しました。ボスニアに最高得点が送られている国からフィンランドには全く点が入らなかった(もしくはその逆)だったという事です。これは音楽の好みによるものなのか、フィンランドと良好な関係を保っている国とボスニアの関係が宜しくないのか(もしくはその逆)、それとも単なる偶然なのか。ちょっと興味を惹かれました。
モナコ(ボスニア12 フィンランド0)イギリス(フィンランド12 ボスニア0)アルバニア(ボスニア12 フィンランド0)

Part2に続く・・

いちご三昧 - 2006.05.29 Mon

ボスニアに住んでいて良かったと思うのは、生鮮食料品がリーズナブルな値段で手に入る事ですが、ここ最近でイチゴの値段も下落したようで、気が付けば冷蔵庫の片隅をイチゴが陣取っています。何故「気が付けば」なのかというと、私はイチゴやさくらんぼといった春に出回る果物を殆ど食べない為、もっぱらいちごを手に帰宅するのはダンナだから。でも、イチゴに関していえばケーキ等に入っているものは食べられるので、今日は午後からやって来る客人のためにイチゴロールケーキを作ってみました。
rollcake.jpg

生地を巻く際にイチゴを均等に入れなかった為、余り見栄えは宜しくありません(汗)

jagoda.jpg

粒揃いのイチゴ達

jagodateleido.jpg

久々のmic'in svijet kroz teleidoskop
ちなみに現時点のいちごの価格は1Kgあたり日本円にして150円~200円位です。一粒の値段じゃないですよ~

気になる事×2 - 2006.05.20 Sat

明日(土曜)から数日間出張にでかけるMic'oです。この出張中に国外で起こる予定の出来事で気になる事が2つあります。1つは欧州諸国を代表する歌手が競うEUROSONG。ここ数年は毎年サイトやブログにて結果をお伝えしていますが、今年は土曜の本選に先駆けて昨日(18日)に予選が行われました。
「ビッグ4」と呼ばれる前年の結果に関わらず直接本選に出場できる国(確かイギリス、ドイツ等→未確認です)+昨年好結果を出した国はこの予選は免除されるのですが、ボスニア・ヘルツェゴビナは昨年の結果が振るわなかった為、今大会は予選からの登場となりました。
今年のボスニア代表ハリ・マタ・ハリと楽曲「レイラ」に関しては3月7日付けのブログ「ここらで本気をだしてきた?!」紹介したのでここでは省略しますが、予想よりもシンプルなパフォーマンスだったにも関わらず問題なく予選をクリアし本選へ駒を進めました。
本日夜7時のニュースでも予選通過のニュースが取り上げられ、ボスニア国民のハリ・マタ・ハリに期待する声が紹介されましたが、60代くらいの男性のコメント「ああいった大会には色々裏があるから、7位か8位には入るんじゃなかろか」という現実的な声も(^^;)裏というか、投票は周辺国もしくは友好国同士の票の与え合いが大きく響きますから、旧ユーゴ諸国(+旧ユーゴ移民の多い国々)から高得点が期待できるボスニアは逆に優位なのではないかと思うんですけどね。ハリ・マタ・ハリには本選でも大人の歌をシットリと聴かせてもらいたいものです。もし、ボスニアが優勝という事になったら出張先のサラエボは盛り上がるだろうなーとちょっと期待しております。Sretno!

そして、もう1つ気になる事といえば、日曜に行われる独立の是非を問うモンテネグロの国民投票の行方です。55%が「Za」(独立賛成)に投票すれば、いよいよ旧ユーゴが完全に解体するわけですが、もしこの数字に満たなかった場合は3年後に再度独立の是非を問うことになるそうです。また独立後の在セルビアのモンテネグロ人のステータスも大いに気になります。(勉強不足ですみません>汗)

kojeprotivnik.jpg
↑の風刺画は3月にバニャ・ルーカのギャラリーで展示されていた作品の1つです。既に開幕まで1ヶ月を切ったW杯がテーマで、大会の抽選会で司会が「この試合前半セルビア、後半モンテネグロと戦う国は・・」と抽選結果を発表しているシーンです。本当微妙な時期のW杯出場となりましたが、秋からのEURO2008予選にはそれぞれセルビア、モンテネグロとして出場する事になるんでしょうか?

Si vas para Chile.. - 2006.05.16 Tue

先日チリのミチェル・バチェレ大統領がバニャ・ルーカを訪問し、大統領評議会議員(※1)であるバラバツ氏と会談、そしてEUFOR(※2)の一員としてバニャ・ルーカ近郊に駐留しているチリ軍を慰問しました。
この後日に欧州連合(EU)・中南米・カリブ諸国首脳会議が開かれた為、この会議に参加する途中、どうせ近くまで行くのだからついでに自国軍が展開するバニャ・ル-カ(正確にはバニャ・ルーカを含むボスニア北西部)に立ち寄ったのだろうといった程度に考えていたのですが、私と同期でチリに留学していた友人によるとバチェレ女史は大統領に就任する前は国防長官(ministro de defensa)を務めていたそうで、そういった意味でも彼女にとって同国軍隊は特別な意味があるのではないかとの事でした。なるほどね~

(※1)ボシュニャ-ク人(ムスリム系)、クロアチア人、セルビア人の各代表で構成され、輪番で議長(=国家元首)を務める。現在の議長はクロアチア人のイーボ・ミーロ・ヨビッチ(Ivo Miro JOVIC)

(※2)ボスニアの和平維持の為展開していたSFOR(NATO中心)に代わり同様の目的で2004年12月から駐留するEU軍(EU-FORCE)。但しEU諸国だけでなくカナダやチリ、トルコといった非EU諸国も参加している。ちなみに私が住むデルベンタにはポルトガル軍が駐留。

eufor.jpg(EUFOR所有の車両。サラエボにて撮影)

私がチリ軍がボスニアに駐留しているのを知ったのは昨年夏の事で、友人2人とバニャルーカ市内の公園を散歩している時でした。手前からSFOR(当時)の軍人とその通訳と思われる女性が歩いてきて、こんな街中の公園をパトロール中なのかそれとも暇を持て余してお散歩中なのか・・と思いつつ通りすがりざまに兵士の腕に付いている腕章へ目をやると、これがなんと懐かしのbandera nacional de Chile(チリ国旗)ではないですか!

留学以来一度もかの地を再訪していない薄情な私なのに、国旗を目にした事でチリに対する懐かしさが溢れてきて、思わず兵士に握手を求めたくなったが、相手は勤務中(かもしれない)の兵士。そして私は団体行動の身。惜しいけど、ここは涙を飲んでチリ人の存在が確認できた事だけで感謝しよう。そう思って後ろ髪を引かれつつその場を離れつつあった私だったのに、人生は一期一会、恥は一時とばかり、この数分後「悪いけど、ちょっと先に行っててくれる~!!」と友人達に言い残し、逆方向へ去っていくチリ人兵士御一行様を追いかけ、ミュールで全力疾走していたのでした。(汗)

幸い、後ろからゼエハア言いながら迫ってくる東洋人女性に警戒して銃を向ける事無く、チリ兵士+通訳の方々は暖かく応対してくれました。しかも丁度彼らもティータイムにしようと思っていたところだったらしく、友人達が待っているカフェでしばし一服。思っていた以上に錆びがこびり付いたスペイン語(+通訳のお姉ちゃんの助け)でチリトーク。お約束(?)でチリのスラングに大ウケしたり、記念撮影したり、兵士の方々にも楽しんでいただけたようで、最後に1人の兵士の方が自分の腕から腕章を外し、裏面に3人のサインを入れてプレゼントしてくれました。

zastava.jpg

思いがけなく、記憶だけのみならず形にも残る思い出ができて満足した一時を過ごした私ですが、慢性運動不足な上にヒールの高いミュールでのダッシュが相当こたえたようで、翌日はまともに歩く事ができないというオチがついたのでした(泣)
ちなみにボスニアで日本人を見かけても全力疾走で追いかけていく事はないので、訪問予定(もしくは滞在中)の皆様はご安心下さい。
そもそも旧ユーゴにこれほどの関心を持つようになったのはチリ留学中のある出来事(といってもサッカーの試合ですが)がきっかけでもあるし、もう長い事その土を踏む事はなくても、私にとって特別な思い入れのある国には違いありません。残念ながら普段の生活にチリとボスニアの繋がりを感じる事は殆どないのですが、チリ大統領の訪問やチリ軍兵士との出会いに小躍りする自分の心の中でボスニアとチリが繋がっていることを感じるのでした。
♪ Si vas para Chile, te ruego viajero,   le digas a ella que de amor me muero・・        (「Si vas para Chile」より一節)

※「Si vas para Chile」チリ国民の間でよく知られている祖国への望郷の想いを込められた歌。検索したところ、日本でもさだまさしが歌っていた事が判明(さだまさしサイトに歌詞あり。但し英語バージョン)
www.sada.co.jp/masashi/lyric/esivaspa.htm

W杯を食べよう part2 - 2006.05.12 Fri

息子にまんまと風邪を移され体の節々に微妙な痛みを感じているMic'oです。しかしいくら熱っぽいとダンナにグチをこぼした所で、所詮微熱しかないので取り合ってもらえないのが悲しいところです(元々低温なので微熱でもツライのです)嗚呼、デート中に発熱した私をアパートの2階までお姫様抱っこで運んでくれたのも今はもう遠い過去・・・(遠い目)

過去を嘆いていても仕方がないので、おいしいものでも食べて体力つけましょう!(そしてますますお姫様抱っこから遠のく私・・--;)
以前「W杯を食べよう」と称してJ-ヴィレッジで行われた、ドイツサッカーW杯で日本と対戦する国(クロアチア、ブラジル、オーストラリア)の家庭料理を紹介するバイキング企画を紹介しました。http://bhkakera.seesaa.net/article/11768950.html
そして今回「W杯を食べよう 第2弾」として御紹介するのは「ベビースター ワールドラーメン クロアチア サルマ味」

babystarsarma.jpg
(画像は今回トラバさせて頂いた「Yu's dayori」の管理人 ゆずるさんからお借りしました)

サルマというのはクロアチアをはじめ旧ユーゴ各地で食べられているお米と挽肉が入ったロールキャベツのことで、使われるキャベツも普通のものではなく、冬の保存食としてポピュラーな酸っぱいキャベツ(kiseli kupus)を使います。

sarma.jpg

(サルマの写真は「つーらんバァ」をリンクさせて頂いているばぁちゃんからお借りしたものです)

以前某ラジオ番組に出演した際このキャベツについて話したところ、番組を担当していた島○和歌子さんに「それ腐ってんの?」と突っ込まれましたが(汗)、腐っているというよりは発酵しているというのが正解。私は一度だけチャレンジした事がありますが、大雑把に作り方を説明するとキャベツの芯をくり貫いたところに塩を詰め、水を入れたバケツにキャベツを入れて発酵させるという手順を踏みます。(お水は何度か取り替えた記憶があります)私は当時のお隣さんに教えてもらった(というより殆どやってもらった>汗)のですが、検索するとキャベツを刻んでから塩で揉むというやり方もあるようで、各家庭で仕込み方も違ってくるのかもしれません。
この酸っぱいキャベツについては、よく「酢漬けキャベツ」という紹介がされるのですが、実際のところは酢につけて酸っぱくしているのではないという事が分っていただけたかと思います。キャベツの説明はここまでにして、肝心のベビーワールドラーメンのお味はどうなのかというと、ずばりコンソメ!だそうです。確かにこの周辺国の料理の味付けはベゲタと呼ばれる(※国によって商品名は異なります)野菜の粉末コンソメがベースになる事が多いので、コンソメ味でも大きくハズレではないけれど、当たらずも遠からず・・といった所なのでしょうか。まあ、私自身口にする機会はないでしょうから、評価は皆さんの判断にお任せします。それにしても、昔からベビースターラーメンは類似品のラメックに比べて高いなーと思ってましたが(まあ、量も多かったけど)、今は70円前後もするんですね!これはW杯便乗料金なのか、それとも量も倍増しているのか・・チ○ルチョコも今は20円のものが多いみたいだし、今駄菓子屋さんに100円握ってお買い物に行ったらどれだけのものが買えるのでしょう・・べビースターワールドラーメン以外にもW杯対戦国の味を堪能(?)できる商品などみかけたら情報頂けると嬉しいです。

<追記>YOKOさんのコメントにSarma od zeljaが出てきたので、サルマの種類についてもう少し説明を加えたいと思います。
・Sarma od kiselog kupusaザワークラフトのサルマ→上記でも紹介した最もポピュラーなサルマ
・Sarma od vinovog liscaブドウの葉のサルマ
・Sarma od zelja青菜のサルマ
・Sarma od slatkog kupusa(発酵させてない)キャベツのサルマ

「出身地はどこですか?」 - 2006.05.08 Mon

先のトリノオリンピック金メダリスト・荒川静香選手がプロへの転向を発表しましたね。街角インタビューでは競技生活からの引退を惜しむ声が多く聞かれたようですが、スケート界からの引退ではなく、プロとして新たな気持ちでスケートを楽しみつつ、これまで通り(もしくはそれ以上に)美しいスケートで魅せてくれるのですから、新たな門出をお祝いしたいと思います。

さて、我が家のみっしゅ(息子)と誕生日が同じ事で親近感を感じていた荒川選手ですが、色々検索しているうちに彼女の出身地の謎を発見。これは彼女のお母様がマスコミから出身地を尋ねられた際、出産した病院がある品川を挙げた事から「東京都品川区」出身と報道されるようになったようなのですが、お母さまが出身地=出生した病院と答えてしまったのは、マスコミ側が出生地を「生まれたところです」と説明した為で、実際のところは当時住居を構えていた「神奈川県鎌倉市」が出身地だそうです。
でも、金メダル獲得後の凱旋パレードなどは仙台で行われているし、荒川選手といえば仙台、というイメージが強いですね。(※この記述は同選手関連のサイトで紹介されていた荒川選手のお父さまのコメントを参考にしていますが、大分前に読んだので出典が分らなくなってしまいました。もしサイトの管理人の方がお読みになって問題のある記述を見つけられましたら御連絡下さい)

これで思い出したのが数年前にある取材でサラエボの子ども達に生まれた場所を尋ねた際のエピソード。10人近くの子どもに質問したと思うのですが、彼らの口から出て来た答えは判を押したように「コシェボ!」。コシェボというのは内戦中サブグラウンドが墓地と化したサッカースタジアムやオリンピックの舞台となったゼトラリンクでお馴染みの場所ですが、この地区に建っている公立の総合病院では多くのサラエボ市民が出産に臨みます。(※妊娠中の検査はプライベートクリニックでもOKだけど、出産は公立の病院でのみ可能)
インタビュアーの私達としては出身地として「サラエボ市○○地区」という答えを期待していたのだけど、子ども達は文字通り生まれた場所=コシェボ病院を答えにしたということだったのです。そりゃ皆一様に答えが同じ訳ですよね(^^;)
私自身も母が里帰り出産した先の産院で生まれた為、出生地と出生時に住んでいた場所は異なるのですが、産院のある場所と自分が生まれた場所というのは余り結びつかないので、生まれた場所は?と聞かれたら当時住んでいた街の名前を挙げてしまうかも。「出身地は?」と聞かれたら、現在実家がある市の名前でしょうか。
でも、実際には1歳から7歳までは他の市で育っているし、実際のところはどこを出身地としたらよいのやら・・1つ救い(?)なのは全て同じ県内なので、県名で止めておけば迷う必要がないということでしょうか。

ところで荒川選手の「静香」という名前は、「静御前」と鎌倉にちなんで付けられたとの事ですが、子どもに自分の出自が分るような名前を付けるのもよいですね。でも、ボスニアを思わせる名前といって頭に浮かぶのは力士の四股名になりそうな名前ばっかりだったりで、まるきり命名センスの無い私なのでした(汗)(※実際にはボスニアの川や山にちなんだ名前もありますよ)

甘い人生 - 2006.05.02 Tue

2日付時事通信によるとオーストラリア・ビクトリア州政府では肥満の子どもが増加傾向にある事を懸念し、小中高でのジュースの販売(ノーシュガーや低カロリー飲料を除く)を禁止する決定を出したそうです。

砂糖といえばボスニアでも砂糖の消費量は相当なもので、お菓子作りのレシピを見れば分量間違って倍にしてない??と思う位お砂糖を使うし、以前仕事で個人宅を訪問した際に1ヶ月(だったかな?)に一家で消費する砂糖や油の量を尋ねた際にも相当な量で驚いたものですが、現地の日刊紙Nezavisne Novineによるとこの地域で年間1人あたりの平均砂糖消費量は22Kg。
ちなみに同じ統計によるとイギリス人は38Kg、アメリカ人は72Kgだそうで、日割りで計算するとアメリカ人の1日あたりの消費量は約200gになりますが、どうやったらそれだけの量の砂糖を消費できるのでしょう?でも、喉の渇きを癒す度にノンシュガー以外の飲料を口にするだけでも、たちまちそれだけの糖分は取ってしまうのでしょうね。

小学生の頃に偶然母親の料理本で炭酸水やジュースの中に入っている砂糖の量が20~30gと半端じゃない事にたまげて、しばらくジュースはパック入りの小さいものしか買わなかった時期がありましたが、当時の缶ジュースは250mlだったのが、現在は缶なら350ml、ペットボトルなら500mlは入ってますから、そこに溶け込んでいる砂糖の量を考えると一本口にしただけでもそれだけで50g近くの糖分を摂取することになってしまいます。これだけの砂糖の量を砂糖として食べようと思ったら途中でギブアップしそうですが、飲みものの中に溶け込んでいると簡単に口にできてしまうのですから、恐ろしいです。

一般家庭におけるボスニア人の砂糖の消費量に肝を潰していたのも束の間、日本での1人当たりの年間消費量も検索したところ、ある調査によると約20Kg程消費しているとのことで、ボスニアとそう変わりがないのに驚愕?(-0-;)しかし、考えてみれば日本人はお菓子に使う砂糖の量はやや控えめとはいえ、その分すき焼きや煮物等料理に度々お砂糖を使うし(ボスニア料理には砂糖は殆ど入りません)、飲み物にしても何かにつけてジュースを口にする機会が多い事を考えればボスニア並の砂糖消費量でも不思議はないのかもしれません。それにボスニアだって家庭で毎日お菓子作ってるわけでもないですしね。
砂糖の消費量を紹介していた新聞記事によると、150年前に比べると人が消費する砂糖の量は100倍と飛躍的に増加しているとの事で、各国の砂糖消費量よりそちらの方が驚きに値しますね。私も「疲れている時は甘いものが一番なのよね~」と砂糖タップリのお菓子を口に運ぶのを少し控えめにしようかな。(と思うだけ>汗)ダンナの親戚が「人生がほろ苦い時位コーヒーには沢山砂糖を入れて甘くしたいものさ」と言ったのが気に入って、以来我が家のゲストには「苦い人生なら甘さタップリに、甘い人生なら苦いコーヒー」をオススメしていますが、砂糖の消費量を減らす為にはまず自分の日々の生活を甘いものにしないといけないのかもしれません。(汗)

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プロフィール

Mic'o(みーちょ)

Author:Mic'o(みーちょ)
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1999年からボスニア・ヘルツェゴビナ北部の小都市・デルベンタに在住。現在は主婦時々お仕事の生活。
これまでに関わったお仕事は、各種通訳及び翻訳(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)、取材コーディネーター、ボスニア関連コラム(サッカー、生活事情)執筆、ラジオ出演など。
詳しい経歴はこちら⇒http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htmhttp://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htm)


2015年からボスニア北部の伝統刺繍(ズミヤニェ刺繍、イミリャニ刺繍)に取り組んでおり、ボスニア国内や日本でこれらの刺繍を紹介するイベントを開催してきました。また、これまで制作してきた刺繍作品を紹介するブログを更新しております。
「ボスニアで手に色(しょく)生活」
「ボスニアで手に色(しょく)生活」

http://ameblo.jp/micobih/

仕事関連や刺繍に関する問い合わせはtagjug@hotmail.comまでお願いします。(状況により返事が遅れたり、返信できない事もありますので、予めご了承下さい)

※お問い合わせに関するお願い
ここ数年、在外邦人をテーマにしたある番組から出演依頼のメールを頂くのですが、諸事情によりプライベートな生活の紹介を含むTV取材等は遠慮させて頂いております。何度お断りしても他のルートを通じて繰り返し同様のご連絡を頂くので、当方もその都度お断りの返事をしなければならず、大変困っております。私にだけでなく、知人にも迷惑が掛かっているケースもありますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。
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ボスニア北部の伝統刺繍作品

画像をクリックするとアルバムが閲覧できます。(今後随時作品を掲載していきます)

なお、画像の無断転載を固くお断りします。

2017年ボスニアの主な移動祝日

年によって日付が変動する各宗教の移動祝日。2017年は以下の通りです。

4月16日 イースター
(ローマカトリック、セルビア正教)

6月26日 ラマザン・バイラム初日
(イスラム教)

9月2日 クルバン・バイラム初日
(イスラム教)

旧ユーゴの為替レート(対日本円)

Bloomberg.co.jpの為替レートを基にしています。

(2017年1月15日現在)※実際の両替レートとは若干差があります

<ボスニア>1コンヴェルティビルナ・マルカ= 62.16 円

<クロアチア>1ク-ナ= 16.15円

<セルビア>1ディナール= 0.98 円

<マケドニア>1ディナール=1.97 円

<スロベニア、コソボ及びモンテネグロ※>1ユーロ = 121.32円

※モンテネグロ及びコソボは欧州連合に加盟していないものの、通貨としてユーロを導入中

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