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2005-11

乗る「前」からイタリアです(爆)→追記あり - 2005.11.24 Thu

夕方帰省前の親戚回りに出掛ける直前、一本の電話が入りました。電話に出たダンナが二言三言相手と会話を交わした後、振り向きざまに
「明後日のフライト、キャンセルだって」
・・・orz

旅行会社のお姉さんによると、理由はまだ分らないけどこの日のフライトだけキャンセルになっているとの事で、明朝また振り替えの便が決まったら電話をくれるとの事でした。(忘れるなよ~)
天候不順でキャンセル決定するには時間が早すぎるしストライキの線濃し・・とネットで検索したところ、本当にストライキでした。しかも全航空会社によるストライキ 12:00~16:00 イタリア国鉄のストライキ 9:00~13:00 公共の交通機関のストライキ とストライキ3本立て。
これらの予定は10月から発表されていたようで、完全に私の作戦負けでございます(T^T)
アリタリアのキャッチフレーズが確か「乗った時からイタリア」だったと思うのですがこれじゃ「乗る前からイタリア」ですよ(笑)

まあ、事前に連絡が来ただけまだマシですか?アリタリアのアバウトさを逆手に取ってマニュアルに捕われないサービスを期待する事にしていたのですが、次回(があったら)間違いなくダンナから「アリタリア利用禁止令」が出る事でしょう。
私の過去2度の帰省ではいずれも私が利用する便の前の便(午前、午後各一便づつあったら午前の便)がキャンセルになる、という事が続いていたので3度目はもろに自分がキャンセルの憂き目にあってしまったのでしょうか?やっぱり厄のせいかな~という事で、出発(予定)前日にも関わらず、まだ出発時間さえ、というか出発できるのかさえ不明な状況です。続報はまた後ほど・・

絆の狭間で - 2005.11.24 Thu

出発2日前になっても何を持っていくべきか悩んでいるMic'oです(笑)冬は否応なしに厚手の衣服でかさ張ってしまうのですが、コートやジャケットもTPOに合わせて2、3着持っていきたいな~と思うと(お正月の挨拶周りなどもあるし)、これはもう圧縮袋に活躍してもらうしかありません。2ヵ月後には荷物が少なくても2倍以上増える事を考えると、行きの荷物はせめてスーツケース1つ分に押さえておかないと・・最近は荷物の超過分に対してかなり厳しくなってきたと聞きますしね。ところで、帰省するという事は嬉しい事でもあるけれど、同時にこちらの家族を残していくという事でもあり必ずも手放しで喜べない、という複雑な心境を経験された方も多いのではないかと思います。結婚を機に今後の人生の大半をボスニアで過ごす決断をしたのは自分で、この地で自分の家族を形成し生活の基盤も築きつつあるけれど、だからといって日本に残してきた様々なものを全て切り捨ててきたわけではないし、ましてやどこで暮らしていても切れる事のないのが絆。2つの土地にある絆も同じように大事だけれど、ボスニアに留まろうと、日本に帰省しようと、どちらかには寂しい思いをさせてしまう。帰省の時期や期間についてはダンナとも円満に話し合った上で決めた事とはいえ、未だに迷いはあるんですよ。内容は伏せておきますが、帰国を知らせた知人の1人からこんな私の気持ちに追い討ちを掛けるようなメールが届いて、少しだけ、泣きたい気分になりました。それを送ってきた本人は「ほんの軽口」な気持ちで書いたようで「冗談の通じない強気な性格は昔から変わらない」そうですが、相手のセンシティブな部分を平気で衝いてくる彼女も昔から変わらないのですけどね。(かくいう私もかなり物事をストレートに言う方ではありますけど・・)私もカチン!と来たところで感情を留めておけばよかったのかもしれないけど、夏に帰省しない旨を伝えるメールを送ったところ、「帰省しないとなるとご両親もがっかりするね~。海水浴にくらい帰ってくれば?」というコメントが届いた事もあり、「帰省すればダンナは置き去り扱いで、ボスニアに残れば今度はうちの両親が可哀想って、一体私にどうしろちゅーねん!!」という自分でも整理のつかない感情が爆発してしまったようです。そもそもジョークを大目に見れるような信頼関係がある間柄なら怒りも込み上げて来なかったと思いますけど。2つの土地に、2つの家族。この間でどうバランスを取っていくのか、これは今後も大きな悩みの種になる事は間違いないでしょう。でも、ボスニア生活の中では自分が築いている家族の絆を大切に、そして帰省の際には私が生まれてから生活を共にしてきた家族との絆を再確認しつつ、それぞれと過ごす時間を与えられた事に感謝しながら、限られた時間を楽しみたいです☆

10days to go - 2005.11.16 Wed

正確には10日を切りましたが、今月25日に一時帰国します。

帰省に利用するエアーはアリタリア。独身時代はユーゴに行く際に何度か使った事がありますが、当時の日本人FAの横暴な態度に「もう絶対使わない!」と決心してから10年程アリタリアを敬遠していました。でも今回は接続の良さと値段の安さにひかれてのチョイス。
なぜなら、いつも帰省に利用しているオーストリア航空やルフトハンザは料金自体はそれ程でもないのに(3ヶ月FIXで750EURO位)空港税やらその他の経費で約200EUROが加算されるので、大人が1人約1000EURO+息子が約750EURO(3歳のくせに大人の75%も取られる)に跳ね上がるのです。その一方でアリタリアはチケット代+αで約780EURO(子ども約620EURO)と2人分の総額を合わせても上の2社に比べると300EURO以上もお得。

でも、アリタリアのサイト上で検索すると150EURO位安いのは、ネット購入だとチケット発券料が発生しないからなんでしょうか?その辺り少し疑問なのですが、サラエボの旅行代理店数箇所で同じ値段を提示されたので、ボスニアで購入すると一律でこの値段なのでしょうね。(ちなみにチケットはサラエボではなくザグレブOUT/INです)

日本行きは希望していた土曜日のフライトを押さえられなかったので前日の便に予約をいれましたが、帰りはトリノオリンピック期間中の土曜日にも関わらず問題なく2席押さえる事ができたので満足です。トリノオリンピックと聞いて「一体Mic'o達はどの位日本に滞在するつもりなの?」と思われた方もいるかと思いますが、今回の帰省は約2ヶ月半です。長すぎですか?(笑)
でも、子どもが生まれてからは夫の了承の下チケット有効期限のギリギリ(大抵約3ヶ月)まで滞在するのが恒例になってるし、特にボスニアの冬の寒さは余りにも厳しい為、今年初めの帰省の際も離日間際に夫から「最近の寒さは普通じゃないから、チケットが変更できるんだったらもう少し日本に残っていた方がいい」と勧められた事があり(結局1ヶ月FIX&変更不可だった為予定通り離日)、冬はなるだけ日本で過ごした方がいいかな、と言う事もあります。

越冬(?)が目的ならば12月末から3月までというのが理想なのですが、我が家は2月の中旬にSlava(各家庭の守護聖人の日)という大事なイベントを控えているので、年末から年始を挟んでの期間の帰省になってしまうのです。しかも子どもが学校に入学したりすると、そちらの行事なども絡んで来て帰省の予定を組むにも更に条件が厳しくなるでしょうし、今のところは自分の希望通りに帰らせて頂く事にします。というより帰れるうちが華という気もしますけど(^^;)

さて、出発まであと僅かとなりましたが、あと一週間余りで日本の地を踏むという嬉しさとか興奮といったものが全く込み上げてこないのは、旅行とは違って日本で待ち受けている事がここでの生活の延長上にあるからかもしれません。勿論一年近く会っていない身内や友人達の顔を見れるのは嬉しいのですが、2ヶ月の大半は家庭で過ごす面子は変わるものの1日の生活の流れ自体は多分変わらないし。でもそれが決して不満なのではなく、淡々とした生活の中に見出すささやかな楽しみや喜び、発見などを楽しみにしています。まあ、長い帰省生活最初から興奮しすぎると途中で息切れしそうなので、無意識のうちに自制しているだけなのかもしれません。

帰省のお知らせをするだけなのに、長々と書き連ねてしまいました。題して「『モノより思い出』ツアー」開始までこちらのブログの方も何度か更新したいと思いますので宜しくお願いします。

重いほど確実です - 2005.11.16 Wed

ボスニアから日本に手紙を送る際、無事に届くかどうか心配になる方もいらっしゃるかと思いますが、重さがあればあるほど確実に届きます。
なぜなら航空便の場合、ある一定の重量(といっても数十グラム単位)以上の郵便物は全て「書留扱い」で送らなければならないからです。先日日本に仕事関連の書類を郵送する必要があり、書類本体+αで約20ページに及ぶ郵便物を最寄の局に持っていったのですが、約160gの郵便物の送料は日本円にして約1700円!
比較対象として日本の郵便料金を引き合いに出すと、航空便の料金(250gまで)670円、自らの希望で書留扱いにしても+410円で1000円ちょっと。この2国間の郵便料金でみると1.7倍の差があります。

強制書留扱い自体については、日本へ結婚の挨拶状を送った時などに経験しているので驚きはしませんでしたが、書留料を入れてもこの料金の半分位と見積もって買い物帰りの非常に軽いお財布を携えて郵便局まで足を延ばした私は、後日改めて出直す羽目になったのでした。
窓口のお姉さんも色々郵便料金を低く押さえる方法を考えてくれたのですが、航空便だとどうしても書留扱いになってしまうという事で、船便でちんたら送っても相手に迷惑を掛けるだけですし、最終的に出戻りで書留扱いの料金を払いました。
でも、結局は送料も相手負担ですし、必要外の書留扱いになったのも私の不可抗力ですし、後は無事に届く事を祈って・・って無理やり書留扱いにされて届かなかったらシャレにもならないですが(汗)

郵便で出す以上相手に届かなくてもよいものというのはないのだけれど、書留にする程の重要性があるかどうか、となると、普段送る写真同封の手紙やお祝いのカードは書留という保険を掛けて送る程ものでもないかと。(でも写真はプライバシーもあるし大事かも・・)写真や手紙、そして各種カードの送付までネットで済ます事のできる今日でも、郵便局大好きな私としては手紙の持つ良さを大事にしていきたいと思うのですが、ちょっとしたものを送るのにも料金を上乗せされてしまうとなると、やっぱりネットでいいか、と安上がりな方に流れてしまう自分もいるわけです。
今回もネットで既に送った書類を、改めて郵送で送る事になったという経緯があり、それで余計に書留扱いになった事に対して割り切れない気持ちがあるのかもしれません。

書留といえば、大学卒業間際の3ヶ月程をセルビア・モンテネグロのベオグラードで過ごしていた際、卒論を書留と普通郵便扱いで2通作り日本の教授宛てに送った事があります。(ちなみにテーマは旧ユーゴと何の関連もありません)
重量は今回送った書類の何倍もありましたが、ボスニアと違って無断で書留にされる事はありませんでした。ただ、局員が私をベオ大の留学生と勘違いしたらしく、書留扱いにした方の論文をしげしげと眺めながら「この書類にはベオ大のハンコがなくてよいのか?」と何度も念を押されたのを思い出します。「卒論をベオで書き上げて日本に郵送した」と話すと、DHLあたりを利用したのかと想像される方もいらっしゃるようですが、私が送ったのは普通の航空便です。全く海外まで行って何してたんでしょうね、私は(爆)

日本も今後郵便公社が民営化すると郵便料金体系も大幅に改定するのでしょうか?航空便の小包がこれ以上値上がりすると日本からの救援物資も滞りそうで、その辺かなり不安です。

※今回の郵便事情はボスニアでも私が利用するスルプスカ共和国側の郵便局の料金設定であり、ボスニア連邦側の郵便局では扱いが異なる可能性がある事御了承ください。

事件です! - 2005.11.10 Thu

ここ1ヶ月の間にサラエボでテロ準備容疑の逮捕者が出たり、隣国クロアチアで鳥インフルエンザが発生したりと、事件簿ネタには事欠かないMic'o周辺ですが、今回は窓ガラスの向こうで起こった事件を証言者風にお伝えしたいと思います。

=========
10:00AM過ぎ 
朝も日が明けぬうちからダンナの(いつもと同じ)ミスによる愛犬の逃走騒ぎに巻き込まれ寝不足気味だった私は、これまた早朝からの停電で家事が進まぬのを言い訳に、ぼんやりソファーに腰掛けて睡魔と闘っておりました。
視線を窓の外に移すと秋晴れのよいお天気。外では子ども達が遊んでいて賑やか、なんですが、いつものハシャギ声とは違って何やら緊迫した雰囲気。そのうち「こら、止まれ!」だの、とケンカと思われるやり取りが聞こえてきたと思ったら、続いて「パン!」と乾いた音が辺りに鳴り響きました。

年末から新年に掛けて子供達が爆竹を鳴らすのはこの辺りのはた迷惑な風物詩ですが、シーズンにはまだ早い。ちょっと胸騒ぎがしたので、ソファーから身を起こし窓から外を眺めると、警官と走る男性の姿、そして向かいのアパートのバルコニーで取り乱しながら電話を掛ける女性の姿が飛び込んできました。どうやら子ども同士の揉め事とは到底違う次元の事件が起こっている様子。先程走っていった男性が戻って来て警察官のボディーチェックを受けていたものの、そのまま御用にならなかったところから察するに彼が容疑者ではないようです。窓の向こう側から様子を伺っているので、事の次第は彼らの様子から察するしかありません。

この男性や周辺の人々のジェスチャーから我が家とは反対方向にこの事件の鍵を握る人物が逃走している模様という事が何となく分かってきましたが、一体何が起こっているのかは相変わらず謎のまま。向かいのアパートの住人が何人かバルコニーに出て事の次第を見守っています。その中には知人の顔も見えたので状況を説明してもらいに行こうかと思ったのですが、何が起こっているのか分らない状況下でうかつに出歩くのもどうかと思い、何か動きがあるまでもう暫く窓から様子を伺う事に。それにしても犯人が逃走していると思われる方角には保育園があるので、犯人が園児を人質に園内に立てこもるなんて事が起こりませんように・・

11:00AM
それ程緊迫した状況には見えないので、思っていた程大した事件ではなかったのかと思いきや、そのうち近所からぞろぞろと男性が集まってきました。そして我が家と隣家の前の芝生の上をうつむき加減で、片足で地面をトントンと叩きながら何やら探している様子。
逃走した人間が何か落としていったのか、それとも皆慎重に探しているところを見ると何か爆発物でも見つかったのか?(それなら一般市民ではなく、警察の特殊部隊あたりの任務だろう)

状況が把握できないだけに現実にあり得ない事まで頭の中をよぎるのですが、皆一様に下を向いて歩いている光景を、何となくエサを探すニワトリの姿と重ね合わせてしまった私は不謹慎です(反省)そんな状況が昼過ぎまで続いていましたが、そのうち我が家の門のあたりから事件が起こったアパートの端まで「捜索中につき立ち入り禁止」の黄色いテープで囲われてしまいました?(-0-;)
という事は我が家(正確には家の前)も事件現場ですか?現場ですよ、現場!しかも何が起こっているのか分らない現場から目と鼻の先にいるという事だけで不安倍増。窓の向こうでは相変わらずニワトリ・・じゃなくて住民も参加しての捜索活動が続いていますし、警察官の数も増えています。これは近所の単なる揉め事とか愛憎のもつれ(?!)、というレベルの事件という事を確信。

デルベンタ大情報網(=口コミ)を駆使してダンナ側にも何か情報が入っていればいいのですが、この日に限って奴は所用でベオグラードに出掛け留守。このまま得体の知れない不安を抱えて動向を見守っているわけにもいかないので、立ち入り禁止テープの近くでヤジウマをしている少年達にでも探りをいれてみるか、と息子を連れて事件現場に面している裏庭に出ると、捜索に加わっていた近所の人が声を掛けてくれたので、これ幸いと事情を説明してもらうことに。

このまま得体の知れない不安を抱えて動向を見守っているわけにもいかないので、立ち入り禁止テープの近くでヤジウマをしている少年達にでも探りをいれてみるか、と息子を連れて事件現場に面している裏庭に出ると、捜索に加わっていた近所の人が声を掛けてくれたので、これ幸いと事情を説明してもらうことに。
事件現場は向かいのアパートに住む警察官宅でした。
数人組の男が玄関ドアを破って押し入ろうとしたところ、中に人がいた為発砲して逃走した、というのが大まかな事の流れですが、皆が必死に探していたのは、何と、警察での証拠物品となる発砲の際に落ちた銃弾!(彼はそう説明してましたが、後でダンナが言うには銃弾ではなく薬莢ではないか、との事)
先程鳴り響いた「パン!」という音は逃走劇を繰り広げていた際に追跡者を威嚇する意味で撃ち放った一発だったと思われます。

しかも、恐ろしいのは犯人の内1人は数百メートル先の橋の付近で逮捕されたものの、残りは未だ逃走中という事。

「実は密かにこの付近に隠れていて、突然我が家の表玄関から進入してきて人質に取られたらどうしよう。」

とか

「買い物に出掛けた先で逮捕劇に巻き込まれたらどうしよう。」

などと最悪な事ばかりが頭を過ぎりますが、自分の妄想を差し引いても銃を持った犯人が未だ逃走中ともなると、やっぱり女子ども2人では防犯上不安。
夫には「ベオグラードで1泊してくれば」と勧めたものの、携帯に電話して事の次第を説明し今夜中に帰って来て貰う事に。彼自身はメインの用事を無事済ませたのでどちらにせよ同日中に帰宅するつもりだったようですが、妻子が直面している状況に関しては、我が家への進入方法は敷地が狭いくせに門が2つあったり(そのお陰で内戦中は家の中に進入されても物は持ち出されなかったらしい)、番犬リキが待ち構えていたりとちと面倒くさい事もあり、犯罪に巻き込まれる危険性は0に等しいと考えていたようです。

午後3時過ぎ

朝からの騒動もどうやら一段落ついたらしく、警察関係者が立ち入り禁止テープの回収を始めました。発砲はあったものの不幸中の幸いでケガ人はなく、警察関係者が立ち去った後事件(未遂)にあった家庭の息子・サーシャ(仮名)が友人を引き連れて現場検証をしてたのは「さすが警察官の息子だ」と感心、というか何だか微笑ましい光景でした。
この子は事件当時学校に行ってたので直接一連のトラブルに巻き込まれたわけではないですが、後々のショックの事などを考えると、これも不幸中の幸いかと。
私がベオグラード滞在中あるアパートに押し入った強盗が「子どもが家にいる時間ではない」という理由でその家の子どもを殺してしまったという事件があり、丁度この数日前にダンナと思い出した直後だったので、余計にサーシャが事件に巻き込まれていたら、と身震いしてしまいました。私達はサーシャが小さい時から知っている上、我が家の息子とも率先して遊んでくれる事もあって、彼に何かあったら本当に他人事とは思えないし・・

デルベンタみたいなこじんまりとした街でも時折窃盗事件が発生するようですが、発砲事件にまで発展するのは殆ど例がない事。でも、そういった事件が現実に家の前で起きたということは、考え過ぎだと笑われても安全対策を万全にしておくに越した事はない、という思いを新たにしたのでした。

以上デルベンタTVレポーター Mic'oがお伝えしました。

※デルベンタTVは実際には存在しません。

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プロフィール

Mic'o(みーちょ)

Author:Mic'o(みーちょ)
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1999年からボスニア・ヘルツェゴビナ北部の小都市・デルベンタに在住。現在は主婦時々お仕事の生活。
これまでに関わったお仕事は、各種通訳及び翻訳(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)、取材コーディネーター、ボスニア関連コラム(サッカー、生活事情)執筆、ラジオ出演など。
詳しい経歴はこちら⇒http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htmhttp://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htm)


2015年からボスニア北部の伝統刺繍(ズミヤニェ刺繍、イムリャニ刺繍)に取り組んでおり、ボスニア国内や日本でこれらの刺繍を紹介するイベントを開催してきました。また、これまで制作してきた刺繍作品を紹介するブログを更新しております。
「ボスニアで手に色(しょく)生活」
「ボスニアで手に色(しょく)生活」

http://ameblo.jp/micobih/

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ボスニア北部の伝統刺繍作品

画像をクリックするとアルバムが閲覧できます。(今後随時作品を掲載していきます)

なお、画像の無断転載を固くお断りします。

2017年ボスニアの主な移動祝日

年によって日付が変動する各宗教の移動祝日。2017年は以下の通りです。

4月16日 イースター
(ローマカトリック、セルビア正教)

6月26日 ラマザン・バイラム初日
(イスラム教)

9月2日 クルバン・バイラム初日
(イスラム教)

旧ユーゴの為替レート(対日本円)

Bloomberg.co.jpの為替レートを基にしています。

(2017年9月9日現在)※実際の両替レートとは若干差があります

<ボスニア>1コンヴェルティビルナ・マルカ= 66.32 円

<クロアチア>1ク-ナ= 17.45円

<セルビア>1ディナール= 1.08 円

<マケドニア>1ディナール=2.1 円

<スロベニア、コソボ及びモンテネグロ※>1ユーロ = 129.79円

※モンテネグロ及びコソボは欧州連合に加盟していないものの、通貨としてユーロを導入中

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