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2017-06

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今更ながら超早送りで振り返る2013年。どうぞご『たんのう』ください  - 2014.01.11 Sat

シリーズ化する予定だった昨年1年間の出来事ですが、ここはもうサクッと高速早送りでお伝えしていきます(笑)

久々にテレビ番組関連の仕事をしたり、友人の協力を得て隣国・セルビアの首都ベオグラードで福島各地の現状を紹介する写真展を開催したり、ひょんなことから折り紙ピアス&イヤリングの委託販売を始めたり、とノホホンとした生活、時々(稀に?!)刺激のある日々というのは、まあほぼ例年通りではあるのですが、昨年は22年振りに実施された国勢調査や『ズマイェヴィ』ことサッカーボスニア代表悲願のW杯初出場決定といった「ボス二ア内戦後初」という瞬間に立ち会うという、記念すべき一年でもありました。

こんな感じで自分なりに1年を堪能しつつ迎えた11月末、私の身に降りかかってきた最大の出来事。それは

                  「胆のう」摘出

胆のうの中に潜んでいた胆石の1つが移動して胆のうの出口に詰まっているとはつゆ知らず、陣痛を思わせる激痛に耐えること一週間。
ほぼ何も口に出来ず、この間体重も4kgほど減少するという、ただの胃痛にしちゃ症状もおかしいと、週明け一番で夫がいつもお世話になっているクリニックに駆け込んだわけですが、その後の経過は以下の通りです。

→黄疸が出ていて脱水症状がひどい上に、超音波診断の結果、胆石が胆のうの出口に詰まっているようなので即座に隣町の病院への転院を勧められる
→周辺地域の中核病院である隣町の病院の外科に緊急入院
→極度の脱水症状を改善する為と手術に備え胆のうの炎症がひくのを待つ為に1週間入院
(一日数本の点滴を受ける合間に超音波検査、X線検査等)
→週末外泊を経て再入院
→状況的に腹腔鏡手術では対応できないため、開腹手術により胆のう摘出
→手術後の回復も順調なので手術からちょうど一週間後に退院し、計2週間に渡る入院生活にピリオド。退院から1週間後に抜糸。

実は今から考えてみると数年前から胆石と思われる兆候はあったのですが、背中の痛みは長時間座った状態で過ごしているため、お腹の不快感は食べ過ぎ、と勝手な自己診断をしていた私(汗)
いざ痛みに耐えられず、お腹を開けてみると、何とそこには2-3cm大のもの4つをはじめとする大小10数個の胆石が胆のう内に陣取っていたのでした・・(@0@)

kameni.jpg


今回の手術を担当してくれた外科医である夫の友人も「いやー、こういうのはあんまり例がないねー」と苦笑い。
退院後お見舞いに訪れた友人・知人も石の多さにあっけに取られ、「今度家を建てる時の土台にすれば?(もう家は建てないちゅーの!」「庭石にすれば?」と言いたい放題。挙句の果てに「砕石業者」という、言いえて妙なのかどうなのかビミョーな呼び名まで頂いてしまいました・・

これまで乳がんや腎臓結石など、主に身内が苦しんできた病気には気をつけていたものの、まさか胆石で胆のうを摘出することになるとは予想外の展開でした。しかし、長年意識しつつも変えてこなかった食生活、そして運動不足が自分の健康にどのような影響を及ぼすのか、胆のうが身を挺して健康管理の甘さを教えてくれたのかもしれません。

私の場合開腹手術となったものの、担当医が傷跡が余り大きくならないように配慮してくれた事もあってか、幸い手術の傷はインターネットで見ていたものよりも小さく済み(10cmあるかどうか)、息子には「ママのお腹がフランケンシュタイン!」などとからかわれてはいるものの(こらー!!)、糸で縫合した部分は段々色も目立たなくなりつつあります。まあ、この先ビキニを着る予定もないですし・・(笑)

こうして昨年の締めは胆のう摘出という予想だにしない展開となり、今後はこれまで大好きだった油ものはなるだけ控える方向で行こうと考えていますが、今年は胆のうなくとも新たな楽しみを堪能できる1年になればよいなと思います。





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”ショック”な部屋で衝撃的体験~恐らく世界一シュールな(?)旧正月の光景~ - 2010.01.14 Thu

今週始めからほぼ正常通りの生活を取り戻したMic'o家周辺ですが、年末年始「そろそろ休み疲れしましたけど、何か?」シーズンのフィナーレを飾るのが、これまた「旧暦(ユリウス暦)」上の正月、いわゆる旧正月です。
もう、これであのはた迷惑な爆竹の音ともサヨナラね~☆(多分)

さて、旧正月を迎える直前になると思いださずにはいられない出来事があります。
名づけて「オット、"ショック"な部屋に収容」騒動。

話はかなり割愛しますが、6年前のこの時期にオットが原因不明の心臓発作により緊急入院しました。
結局地元の診療所から設備の整っている隣町の病院に搬送され、そこで即座に入院の診断を下されたのですが、その時に収容されたのが「”ショック”な部屋」だったのです。
といっても、部屋の環境が酷くてショックだったわけでなく、現地語だと文字通り「ショック部屋(Šok soba)」

実は「ショック部屋」とは通称で、正式名称は

集中治療病棟(odjel intenzivne njege→以下ICU)

知らせを聞いたオットの親友に付き添われて訪れた入院先の病院で当時インターンをしていたオットの友人から軽く状況説明を聞くことが出来たのですが、当時「ショック部屋」の意味を知らず「ああ、部屋の種類は聞きとれなかったけど、ICUではないみたいだから安心だわ」と楽観視したのもホンのつかの間でした(最悪の状況は越えたのと、インターンの友人が割と明るい表情だったのも勘違いの要因だったかも・・)

そしてインターンの友人に連れて行かれた先がICUだったのに愕然とする私・・・

とはいえ、これまでのイメージと違いICUとはいえど詰め所の看護婦さんから許可を貰えば入室できましたので(どんだけアバウトなんだ・・)、「ピーピーピー」とどこぞのベッドからか鳴り響く機械音が気になりつつもオットと面会する事も可能で、自分の目で状態を確認する事ができたのは助かりました。
(※但しボスニア全土の病院で患者以外がICUに入室できるのかどうかは確認しておりません。ちなみに私が出産したデルベンタの産婦人科病棟は父親を含め母子以外は立ち入り禁止、見舞いは入り口に設けられた小窓を介して許可されていました。)

オットは数日後には割と元気を取り戻したものの、それから1週間程は再発作の可能性がある為にICUで過ごす事になったのですが、やはりICUだけあって同室で時折息を引き取る人もおり気が滅入った様子。
そんな折、ICUにて旧正月を迎える事になったオットですが、年を越そうが明けようがICUの夜はいつもと同じように機械音が響き渡る中で過ぎていくのかと思いきや、日付が旧暦上の大晦日から新年に変わろうとする頃に詰め所から

「さあ、今日は夜明けまでお祝いよ~!」「夜明けまで行くわよ~!」

という、詰め所の看護婦さん達のゴキゲンな声が響き渡ったそうです・・

一応、いつもの看護婦さん達の働きぶりを考慮して擁護させて頂くと、患者に非常事態が起こらない合間を縫って旧正月を祝おうという事だったのだと思いますが、それにしても詰め所では正月の祝杯をあげて盛り上がる一方で、相変わらず生死の間で彷徨う患者達とその横で「ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ・・・」と冷たい機械音が鳴り響くICU

オットの話を聞き、かなりシュールな光景が頭に浮かびました(汗)
(映画「ボスニア(lepa sela lepo gore)」のラスト直前には更にシュールなシーンがありますけどね)

先程日本の某病院に勤務する看護婦さんのブログを拝見したところ、年越しにはドクターを含む病院スタッフでカウントダウンしたりおせちを食べたなんてお話があったので、案外病院もお正月はお祭り気分炸裂な感じなのでしょうか?
でも、いくらなんでもICUに隣接している詰所で騒ぐのか?・・ってちょっと思いますけど

旧正月から約1週間後に一般病棟での滞在を経てオットは一応無事退院しましたが、今その病院に先日の献血を必要としている方が入院中です。
その方は既に一般病棟に移られているようですが、今年も例の看護婦詰所では祭りが繰り広げられたのか、それとも静かな夜を過ごしたのか、知人の状況と同時に気になるところでもあります。







ボスニアでも ありがとーぅ ~献血のチカラ~ - 2010.01.13 Wed

ここ1ヵ月程日本のネットラジオを視聴しながらPC作業する事が多くなりましたが、時折流れてくるのが↓のCM



今をときめくプロゴルファー石川遼選手が「ありがと~ぅ」と絶叫で連呼する「はたちの献血」キャンペーンのCMです。
1975年から実施されているこのキャンペーン、幼い頃はキャンペーンCMを見かける度に「このキャンペーンに参加できたら私も大人の仲間入りね」と来るべき大人の世界に想いを馳せていたものですが、実際高校生で献血デビューしてみると

200ml献血→2回協力したものの、その都度貧血気味に(そして貧血が収まった後は何故か頭が異様にスッキリ>汗)

成分献血→大学時代の一時期ボランティアをしていた献血ルームで試したものの、成分献血に必要な成分(血漿・血小板)を採取された後の血液が体内に戻される際に血管に耐え切れない痛みが走り、志半ばでリタイア(涙)

というへタレな献血歴しか残りませんでしたorz

さて、日本に関わらず毎日誰かが輸血用の血液を必要としているのはボスニアでも同じこと。
実は、ここ数日オットやその周辺の人々が献血協力者を探して奔走しております。
オットだけでなく私も仕事の際に何度か協力を頂いた恩のある方が手術を受けたのですが、手術を始めたところ当初の予想より大規模な手術になってしまい輸血が必要になってしまったのです。
ご本人は術後意識もはっきりしているし起きて会話を交わせるまでに回復しているそうなのですが、引き続き輸血は必要で、しかも、ある血液型のRH(-)である為、ドナーを探すのが大変。
そこでオットをはじめ手分けして心当たりがある人に連絡を取ったり人伝いに該当の血液型の方を探してもらって数人の方に協力をお願いする事になったのですが、いざ手術が行われた隣町の病院へむかったところ、無事献血までこぎつけたのは

たったの1人.. orz

年明けから最近までの祝日で皆さんの血液は栄養満点なんじゃないかと思いきや、持病の他、血圧が高すぎたり(もしくは低すぎ)で献血条件からはねられてしまったそうです。
しかし、引き続き献血を必要とするクチコミが広がっていた結果、他にも同じ市内はもとより病院が管轄している地域以外(※)の該当血液型の方達にも民族に関わらず献血協力に賛同してくれた方が複数出てきてくれたそうで、命をつなぐ活動が静かに拡大しつつあります。

(※)公立病院で受診する場合、まず地域を管轄する病院に行く必要があります。また、過去に献血経験がある稀な血液型の方については病院に情報が登録されているようです。
(以前、仕事中に病院か緊急の献血協力をお願いする電話が掛かってきた方がいました)

それにしても今回必要になった血液型はRH(+)でも(-)でも余り多数派ではないと思われるタイプだったのですが、今回協力者として名乗り上げてくれただけでも10人近くいた事に驚きです!(@0@)
オット曰く、ボスニアでもA型が多いんじゃないか?ということですが、実際に複数のサイト(学術論文系を含む)で確認してみると40%前後が日本と一緒でA型
続いてO、B、ABと続きますが、やっぱり日本と違うのはRH(-)の多さ。
欧州では全体の15%前後がRH(-)に該当するそうですが(日本は約0.5%前後)、ボスニアでもこの比率は欧州基準です。(EUじゃなくても地理的には欧州ですからね)

ちなみにこちらで「オー型のRHマイナス(プラス)です」と言ってもすぐには通じません。
なぜならOは「オー」ではなく現地語で数字の0(ゼロ)を意味する「ヌーラ(nula)」(もしくはヌルタ(nulta))、そしてRH因子は「プルス(プラス)」「ミヌス(マイナス)」ではなくそれぞれ「ポジティブナ(pozitivna)」「ネガティブナ(negativna)」となります。(ヌーラ、ヌルタ、ポジティブナ、ネガティブナそれぞれ単語の女性系です)

実際にRH(-)O型が話題に出た際、私がいつものクセで「オーのRHミヌス(マイナス)が」と口走った際、周囲が一瞬沈黙した後「それってウチらが言うところの『ヌルタ・ネガティバ』の事?」と突っ込まれました(汗)
もしかしたら日本には変わったタイプの血液型があるのかも?という疑問が頭を駆け巡ったものと思われます・・

「♪血液は同じ 血液は赤い でもマイナスじゃなくて ネガティ~バ~よ~」(「イッツ ア スモールワールド」「せーかーいはせーまい~」のメロディーでお願いします)」

日本でも、ボスニアでも、そして世界中のどこであっても必要とされる血液。
過去の失態にめげず必要があれば協力したいと思う私ですが、日本においては↓の条件を満たす為

献血できません!(泣)

※以下、日本赤十字ホームページより抜粋です(血液事業Q&A「海外旅行をした場合や海外で生活したことがある場合、献血は可能ですか? 」http://www.jrc.or.jp/blood/qa/index.html

(6)アイスランド、アルバニア、アンドラ、クロアチア、サンマリノ、スロバキア、スロベニアセルビア・モンテネグロ、チェコ、バチカン、ハンガリー、ブルガリア、ポーランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、マルタ、モナコ、ノルウェー、リヒテンシュタイン、ルーマニアに昭和55年(1980年)から今日までに通算5年以上の滞在(居住)歴がある方。(通算5年の計算には(2)(3)(4)(5)の滞在(居住)歴も含みます。)

旧ユーゴに該当する項目のみを抜粋しましたが、他にも該当する国がありますので詳しくは日赤Hpで御確認くださいね。

君の声が 枯れる前に&海外におけるうがいの真相 - 2009.05.27 Wed

小学校入学してからというもの風邪を貰って来ることが多くなった息子・みっしゅ(仮名)
集団生活は保育園で体験していたとはいえ通園したのはほんの数ヶ月の期間でしたし、学校生活が始まったら色々病気を貰ってくるんだろうな~と覚悟はしていたのですが・・・
なぜか1年生の時より2年生になってからの方が病弱になったような気が(-0-;)
秋から冬に掛けては風邪という程ではないものの頻繁に咳が出て、大好きなサッカースクールも半年近く欠席する事になってしまいました
(欠席が続くのでスクールをやめちゃうんじゃないかとコーチも心配したらしい>汗)

冷たいものも炭酸飲料も「喉が痛くなるから」と自主的に控えているし、外から戻れば手洗いうがいは欠かさない上にお茶も沢山飲んでいるのにどうしてそんなに咳が出るのだろうか・・逆に小さい頃は冷蔵庫から出したばかりの牛乳を飲んでも全く咳なんてしなかったのに、と謎は深まる一方。
まあ、母親である私も喉が弱い方なので遺伝してしまったというのもあるのでしょうけど、喘息とか調べた方がいいのかな~(私も一応気管支喘息持ち)と悩んでいたところ、ハタ、とその原因に気が付きました。

その原因とは、彼の屋内での遊び方。

以前は機関車トーマスなどを走らせて割と大人しく遊んでいた息子ですが、TVのサッカー中継を観るようになり始めたのと時を同じくして遊び方が一転。
家にいる時は廊下で明けてもサッカー、暮れてもサッカー。
しかも、両チームの選手のみならず、サポーター、審判、TV中継のコメンテーターまで1人でこなしており、それじゃ喉を酷使するわけですよ(汗)
加えてユーロビジョンソングコンテスト(過去ブログ参考の事)にはまり出してからは各国の楽曲に加え自作の曲を熱唱する+司会+応援団掛け持ちの「毎日がコンテスト」状態となり更に喉に負担を掛ける一方・・・

まさに明けてもシャウト! 暮れてもシャウト!ってな具合です(--;)

というわけで今更な感はありますが(汗)、喉の保護を目的とした「遊んでもいいけど、大きな声はださない」令を施行し、更にある程度の時間喉を酷使したらドクターストップならぬママストップを出す事に決定致しました。
すると、効果覿面、咳の回数が激減したではないですか!!Σ(-0-;)
時期が時期だけに風邪の事ばかり気に掛けていましたが、意外な所に落とし穴がありました(汗)
(まあ、実際に極寒の時期はどこかで風邪を貰って来た事も何度かあると思いますが)
集団生活での病気の感染を心配する前に、個人での余暇の過ごし方にもっと気を配るべきでしたね・・

親の言う事に背いてシャウトし続けた挙句にケホケホ咳き込んでいる事もたまにあるものの、今は元気に週3回のサッカー練習に参加しています。
しかもその内の2回は空手教室の直後に練習があるのですが、大した疲れも見せず掛け持ちしていますから(しかも寝る時間はいつもと変わらず・・)喉はともかく、体の方はかなりタフになっているようです。
一方彼のウィークポイントである喉を強くする為には、知人である音楽家の方の許へ送って正しい発声法を習得させるのがよいのかもしれません(^^;)
その前にシャウトするな!というところですが、一般的にこちらの人の話し声無駄に大きいですし、かくいう私も現地語で話していると日本人の方に「相手の人とケンカしてるの??」って訊ねられますけど・・・
(そして話し続けていると息子同様に喉が枯れる・・orz)

ところで、日本でもひとまずパニックの方は収束の方向にあるように見える新型インフルですが、インフルエンザ対策の話の中で「うがいは日本特有のもので、外国人はうがいをしない(できない)」という噂がまことしとやかに広がっているようですね。実際にTV番組で外国人にうがいをしてもらうという企画もあったみたいですけど、その真相は

ウソ です

オットがうがいをしているのを見かけた事はありますが、参考までに周囲にも質問してみたところ
一様に「何当たり前の事聞いてんだ」って顔をされました(^^;)
中には「時々えづきそうになることもある」位うがいされている方もいらっしゃいました。


ついでにうがい薬も存在します。

口&喉洗浄液

隣国セルビアのPharmanova社が製造しているうがい薬

写真の製品以外にも他社の製品でポビドンヨード配合のうがい薬などがあるようですが、一般的にはうがい薬を使わずセージやハーブのお茶などでうがいをするのが効果的なようです。

ただ、うがいこそするものの、日本と決定的に異なるのは「予防」の為ではなく「喉の痛みを和らげる為」に行うという点でしょうね。(新型インフルエンザの予防としては手洗いや換気は奨励してますけど。)
ちなみに日本で現在品切れになっているマスクはアメリカなどと同様こちらでも見かける事はほぼ皆無です。薬局にあるとすればドクターが使用するような紙マスク位だと思います。

感染症イロイロ・3~風疹注意報&予防接種~ - 2009.05.26 Tue

今朝、近所のおばあちゃんから開口一番「日本では新型インフルエンザに伴う学校休校が終わったんだってね~」と声を掛けられました。1週間ひっそり静まり返った学校にようやく子ども達の明るい声が戻ってきた光景はこちらのニュースでも取り上げられたようです。

一方、ボスニアでは新型インフルエンザではなく他の感染症が発生中でして、北西部の街・プリエドル周辺にて1993年から1994年生まれの子ども達35人が風疹感染した事が公表されました。
内戦中に生まれたこの世代は風疹の予防接種を受けておらず感染、発症に至りましたが、現在は1歳以降にはしか、風疹、おたふく風邪のMMRワクチン(現地での名称はMRP)を接種する事になっている為、現在小学2年生の息子世代に感染する可能性はほぼないと思われますが、丁度内戦生まれ世代が通学する高校で感染拡大しないよう早めの対策を講じて欲しいものです。

こちらで受ける予防接種ですが、生後間もなくのBCG、B型肝炎に始まり病院側から指示されたスケジュールに沿って接種を受けていきます。受けた接種の種類と日付、そして次の予防接種の予定は健康保険証に記入してもらう事になっています。


letak-imunizacije-bos.jpg

(画像はボスニア連邦保健省サイトより)

ボスニア連邦(イスラム教徒、クロアチア人が多数を占める地域)側の予防接種スケジュール。接種の種類は上からBCG、B型肝炎、DTPa、ポリオ(注射タイプ、生ワクチン)、Hibワクチン(細菌性髄膜炎予防)、MMR、DT、TTです。
私達が住んでいるスルプスカ共和国側でもほぼ同じスケジュールで接種を行っていると思われます。(↑の接種項目の内、息子が受けていないのはHibワクチンだけ。恐らく息子が同ワクチン接種該当年齢の時にはスケジュールに入っていなかったものと思われます。)


zknjizica_20090526204504.jpg

個人情報なのでちょっとボカしていますが、「感染病情報」の欄に生まれてから受けた予防接種の情報が記入されています。

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プロフィール

Mic'o(みーちょ)

Author:Mic'o(みーちょ)
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1999年からボスニア・ヘルツェゴビナ北部の小都市・デルベンタに在住。現在は主婦時々お仕事の生活。
これまでに関わったお仕事は、各種通訳及び翻訳(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)、取材コーディネーター、ボスニア関連コラム(サッカー、生活事情)執筆、ラジオ出演など。
詳しい経歴はこちら⇒http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htmhttp://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/profile.htm)


2015年からボスニア北部の伝統刺繍(ズミヤニェ刺繍、イミリャニ刺繍)に取り組んでおり、ボスニア国内や日本でこれらの刺繍を紹介するイベントを開催してきました。また、これまで制作してきた刺繍作品を紹介するブログを更新しております。
「ボスニアで手に色(しょく)生活」
「ボスニアで手に色(しょく)生活」

http://ameblo.jp/micobih/

仕事関連や刺繍に関する問い合わせはtagjug@hotmail.comまでお願いします。(状況により返事が遅れたり、返信できない事もありますので、予めご了承下さい)

※お問い合わせに関するお願い
ここ数年、在外邦人をテーマにしたある番組から出演依頼のメールを頂くのですが、諸事情によりプライベートな生活の紹介を含むTV取材等は遠慮させて頂いております。何度お断りしても他のルートを通じて繰り返し同様のご連絡を頂くので、当方もその都度お断りの返事をしなければならず、大変困っております。私にだけでなく、知人にも迷惑が掛かっているケースもありますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。
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ボスニア北部の伝統刺繍作品

画像をクリックするとアルバムが閲覧できます。(今後随時作品を掲載していきます)

なお、画像の無断転載を固くお断りします。

2017年ボスニアの主な移動祝日

年によって日付が変動する各宗教の移動祝日。2017年は以下の通りです。

4月16日 イースター
(ローマカトリック、セルビア正教)

6月26日 ラマザン・バイラム初日
(イスラム教)

9月2日 クルバン・バイラム初日
(イスラム教)

旧ユーゴの為替レート(対日本円)

Bloomberg.co.jpの為替レートを基にしています。

(2017年1月15日現在)※実際の両替レートとは若干差があります

<ボスニア>1コンヴェルティビルナ・マルカ= 62.16 円

<クロアチア>1ク-ナ= 16.15円

<セルビア>1ディナール= 0.98 円

<マケドニア>1ディナール=1.97 円

<スロベニア、コソボ及びモンテネグロ※>1ユーロ = 121.32円

※モンテネグロ及びコソボは欧州連合に加盟していないものの、通貨としてユーロを導入中

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