煙に巻かれた1日
温めていたものがちょっと?焦げて煙発生してました(汗)
パトカーではなく、今度は消防車が出動する事態に・・とまでは行きませんでしたが、すぐ換気扇を回して窓を全開。
大事に至らなかったとはいえ、煙自体が無くなった後も何となく鼻を突く焦げの匂い・・・
そんな昼下がり、玄関のベルが鳴ったので外に出てみると、チャイムを鳴らしたのは正教会から神父が家を清めに来る事を告げに来た1人の青年でした。
時間的に昼飯時だし、何より今日は朝方ちょっと気になる咳をしてた息子が学校を欠席して休んでいたので、「ちょっと今日は病気の息子がいるので・・」と告げると「問題ないですよ!」と答える青年。
・・・いや、あなたはいいかもしれないけど、こっちは気になるのよ。
というか、通常神父様が清めの為に家を回るのって公現祭(エピファニア)の時期だと思ってたんで(※)、今回の訪問は凄くフェイントを突かれた感じなんですけど。
(※)公現祭も他の宗派より13日遅れの1月19日にお祝いします。
大抵の場合家全体を清めるわけでなく、イコン(聖像)が飾ってある部屋に聖水を振り掛けたり、乳香(Tamjan)を焚くんですが、丁度その部屋で息子が寝てるんですよ。
まあ、それはともかく、私は信者ではないし、正教徒であるオットがいる時の方が良かろうと判断して、「オットが帰宅してから連絡するという事でもよろしいですか?」という事でその場は話を収めたのですが、オットの帰宅後に神父と先程現れた青年(神父の補助的な役割らしい)が訪れた際に「清めるのは息子が寝ている部屋ではなく、小さめのイコンが飾ってある台所でもOK」という事になり、急遽場所変更。
というわけで、未だ焦げた匂いがほんのり(?)漂う中で神聖な儀式が行われる事になりました。
ちなみにこの清めの儀式で使われる聖水、実は教会から持参されたわけではなく、器に入れた水道水を恐らくバジリコと思われる葉で清めて聖水とするのです。

神父様から指示されるままに用意した水道水。
これがあっというまに聖水に変化?!
その後バジリコの葉に付いた水滴や乳香の煙で家やその住人を清めるわけなんですが、今回家にやって来た神父様は異教徒でも分け隔てなく対応してくださるので、その場に立ち会っていた私も信者ではないものの儀式の流れもあって一緒に清めて頂く事に。
独特の香りがある乳香の匂いで焦げの匂いもちょっと存在が薄くなった感があります(^^;)
とはいえ、きっと神父様も補助係りの青年も気づいたはず
この家、なんだか既に煙臭いぞ、って!(爆)
もし、これが薪をくべた直後の「燻製」状態だったら(詳しくはこちらをお読みください)
焦げと乳香と燻製の匂いが部屋の中でどんなハーモニーを醸し出したのか、考えるだけでクラクラしてきます。
本当に今日は色々な煙に巻かれた1日でしたが、こんな時は儀式の後に残った聖水で身を清める事にします。(ウソです)

儀式の後に残った聖水はボトルなどに入れて保存するのが習慣となっています。
しかし、その後飲まずに延々と置き去りにされている事が殆ど(汗)
翌年の清めの儀式まで残ってしまった聖水は井戸や川に流したりお花にあげてもいいみたいですよ
| BiHココロのメモ帳(移ろいゆく季節) | 2010-02-06 | comments:4 | TOP↑





